秋川邸の門を出ると藤枝は右に曲つて歩き出した。この家をはじめて訪問した時帰りは円タクを捕まえて乗つたのだが、二日目からいつも秋川家に出入りしている泉タクシーというガレーヂから車に乗ることにしていた。
 泉タクシーの前で藤枝は暫くそこの主人と話していたが、そのうち一人の運転手が出て来て藤枝に挨拶した。
「あ、君かい、じやあの日の通りに行つてくれ給え」
 こういうと彼は、傍にスマートな形をして乗客を待つているハドスン・セダンのドアを開けた。私もつづいて乗り込んだ。
 私は車がどこへ行くのかしらんと怪しんでいると、自動車は牛込の高台から外濠へまわり、四谷見附を通ると坂を下つて一散に赤坂に向つて走つてゆく。
 赤坂見附から溜池の方に更に走つたが、電車の停車場と停車場の間でピタリと止つた。
「いやご苦労様」
 二人は下りた。車を返してしまうと藤枝は少し進んで左手の敷島ガレーヂというのにはいつてそこでまた何か云つていたが、やがて私をさし招くので行くと彼はクライスラーのクションに既に腰かけている。私は驚いておくれじとあとからつづいて乗り込んだ。
 車は溜池から虎の門に出てそれから右に曲ると南佐久間町の通りをつつきりいつのまにか銀座の裏通りへと出た。
 事務所の前に来ると彼は車をとめさせて下りた。賃銀を払つて、合鍵を出してドアをあけスイッチをひねるとまず一息というので机の前に腰かけてスリーキャッスルをすいはじめた。
「一体こりやどうしたつてわけなんだい」
「君が尊敬するわが美《うるわ》しの依頼人秋川ひろ子嬢が十七日の日私を訪問した足取りさ」
「へえ。じや途中で乗りかえたんだね」
「乗りかえだけは大出来さ。さすが探偵小説愛読者だけのことはある。あれでしかし誰からもトレースされないと思つてるから彼女は愛すべきかなだよ。自分の家へ出入りの車に乗つてあそこまで来るなんてなんというノンセンスだ。それにあんな所でまたガレーヂの車にのりかえるとは。さすが大家のお嬢さんだけのことはあるよ」
「どうして君はそれを知つたんだい」

      5

「そんなことはわけはないさ。一体もつと早く判るはずだつたんだ。一昨日からあのガレーヂで聞いてたんだが、今の運転手がいつも出ていたのできけなかつた。十七日の午後ひろ子があれに乗つて溜池まで来たというのだ。そこで溜池で今きいて見ると十七日か十八日かおぼえぬけ
前へ 次へ
全283ページ中94ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
浜尾 四郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング