かり云い出して、この婦人を読者に紹介するのを忘れていた。
このとき、ドアに現れた婦人は(まともに描写すれば)年のころ二十才前後、極く質素なみなり、羽織も着衣もめだたぬ銘仙のそろいで、髪は無造作にたばねて何の飾りもない。ただ一つ、この質素な身なりに特に目立つのは左の中指にはめた金の指輪で、そこにはたしかに千円以上もする宝石がはめてあつた。
容貌は一言で美しいというに尽きる。しかし、はじめの印象によれば、それは決して華美な美しさではなかつた。どちらかと云えば、淋しい美しさである。特に大きな目は、この顔を大へん美しく、気高く見せてはいるのだが、同時に、それは女性に珍しい理性的なまなざしと云うべきであつた。
戸があくと同時に、私は思わず立ち上つた。
婦人は、われわれ二人が中にいるのを見て、その美しい目を見ひらいて一瞬間ちよつとまごついた様子を見せた。
「私が藤枝です。どうぞこちらへ。ここにいるのは私の友人で小川という者です」
藤枝が、物なれた調子でよびかけた。
8
「有難うございます」
婦人は、余計な遠慮をせず、しかし決して淑《しとや》かさを失わずに、そのままそこに示された椅子に腰を下ろすと、赤青《あかあお》のきれいなハンドバツグを膝におきながら、その上に軽く両手をのせた。
が、二人の男の前に対座して妙に窮屈そうなようすだつた。
「秋川さん、秋川ひろ子さんとおつしやいましたね。お手紙たしかに頂戴しました。今朝拝見しました。お待ちしておつたのです。ここにいるのは小川雅夫といつて、私の極く親しい友人です」
婦人は改めて二人にていねいにあいさつをした。
「申しおくれまして。私秋川ひろ子と申します者でございます」
私はいそいでポケットからシースを取り出し、その中から一番汚れていないきれいな名刺を出して秋川嬢の前にさし出した。
「小川君は極く親しい友人で、今、ある社に務めているのですが、道楽商売なので主として僕の手伝いをしていてくれているのです。従つて私同様の御信用を賜りたい。どんな御用件でも、この男の前で云つていただきたいと思います」
実を云うと私は、そんなに今まで藤枝の事件を手伝つたわけではないのだ。しかし私は、こう云つて私の信用を、ここではつきりときめてくれた藤枝の好意には、心から感謝せずにはいられなかつたのである。
もつとも、このとき、私
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