、現に秋川製紙会社々長、その他某々会社重役、云々(ここに種々な役名が書いてあるがここには略す)
 家族は、夫人徳子(四十五才)長女ひろ子(二十一才)次女さだ子(十九才)三女初江(十八才)長男駿太郎(十五才)
[#ここで字下げ終わり]
 これが興信録に表わされた秋川一家の記事である。

      7

「成程、これで見ると立派な家のお嬢さんだね」
「さあ、そのほんもののお嬢さんが来てくれれば、君も御満足だろうが、僕にはそんなことよりも事件そのものの性質の方が気になるよ」
「あいかわらず、藤枝式だな。美人に恋せず、女を信ぜずか。どうも君という人間は妙に出来ているんだな」
 私がこういい終つた途端、ベルが鳴つて訪問者がオフィスの戸の外に立つてることを報じた。やがて戸が開いたらしく、三十秒ばかりたつと、われわれのいる部屋に、給仕が一葉の名刺をもつてはいつて来た。
「うん、どうかこちらへ、といつて御案内してくれ」
 藤枝はこういつてちよつと私のほうを見た。
 こういう場合にはいちおう遠慮するのが道だから、私も立ち上つて座をはずそうとすると、彼はいつものように、目でそれを止めたので、私は一旦上げた腰をおろしたが、そのとき、部屋のドアが開いて、そこに一人の若い婦人が現れたのであつた。
 私は、その婦人を見た瞬間、思わずあつと叫ぶところだつた。
 それはただ美しいとか、気高いとかいう意味ではない。私は、このときほど、自分の直観を確信させられたことはなかつたのである。
 私は、さつき藤枝の所に若い婦人が訪ねて来る、ときいた時から何となく、好意のもてるような、美しい婦人のような気がしたのだ。それからつづいて、秋川ひろ子という名をきき、その筆蹟を見てから私は早くも、品のいい美人を頭の中に思い浮べたのであつた。
 藤枝のような、なんでも理窟できめなければならぬ男は、筆蹟からは容貌は断定出来ないと云つているけれど、私は早くも、これだけから、私が好きになれそうな美しい婦人を頭に描いていたのだ。
 それがどうだ。今、ドアの所に立ち現れた若い婦人は、まるで自分の考えた通りの美人ではないか! 名などはもうどうでもいい、秋川ひろ子の偽物であろうが、なかろうがそんな事はどうでもいい。
 しかし、事件は相当なものでなければならぬぞ。藤枝が冷淡に拒絶してしまうような事件では、困るぞ……いや、私は自分の事ば
前へ 次へ
全283ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
浜尾 四郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング