まつたくほんとの子だと思つているようでございます。それがこのごろ母とさだ子とがまつたく仲が悪くなつてしまいました、母はヒステリーのようになりますと、私の前などでもさだ子の事をひどく悪く云うようになりました。さだ子の方では明らかに母のことを悪くは申しませんでしたが、でも心の中では何と思つておりますか……先日などは、母が何か父と激論をまじえた揚句、私の所にまいり、
『このまま行つたら私はきつと殺されてしまうよ。お父さんかさだ子か伊達に!』
と申してしきりと泣きはじめたのでございます。私は驚いてそのわけをたずねましたが、決して申しません。父に対していろいろききましても一ことも申さないのでございます」
「ちよつとおたずねしますがね、最近になつてもお父さんは例の恐怖の様子を盛んに表わしておられたのでしようね」
「はい」
「すると、お母さんの方はどうですか、今の、殺されるかも知れぬなどと云うのは無論一時の発作での言葉でしようが、多少やはり恐怖心でも、もたれていたでしようか」
「平生はさほどでもございませんでした。けれど夜などは大変神経質になつていたようでございます。妙な話ですが、昨夜あの騒ぎの時気がつきましたのですが、母の部屋から父の寝室に通つている戸がなかから鍵がかけてございましたので父は表の戸をこわしてとびこんだのですけれど、こんなことから考えますと、きつと母は父に対して恐怖と憎念とを抱いていたのではないでしようか」
「もう一つおたずねします。お父さんの例の恐怖はただ自分のいのちだけのように思いましたか。それともあなた方にもしきりと警戒するように云われましたか」
「それはこの前申し上げた時と同じく、このごろになつてからますます盛んに云うようになりました。私ら子供に対してもまた母に対しても、しきりに気をつけるように申しておりました」
「成程……すると、今までの話では、お母さんがお父さんを憎みはじめた。それからあなたがさだ子さんの素性を疑りはじめたということになるのですね。もつともさだ子さんの方のことは単にあなたの疑いにすぎぬが……」
「いえ、ただ私の疑いばかりではございませぬ。とうとう母がそれについて私に申しましたのです」
4
「お母さんが?」
「はい、しかも昨夜のことでございます。私は母と伊達さんがどつちも気まずいような顔で話しており、さだ子がまた母と大分
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