長く話していたのを知つておりましたので、さだ子が自分の部屋に戻つた頃を見はからつてそつと母の所に行つて見ました」
「ははあ、そうするとあなたがさつき検事に話されたところと少々違いますね。あなたはさつきはたしかずつと自分の部屋にいたといわれたようでしたが」
「そうでございます。でもほんとのことをあの時申しますと、妹や伊達さんにすぐ嫌疑がかかりそうで気の毒だつたものですから」
「それでお母さんは何と云われたのですか」
彼は相変らず手をこすつていたがこの時、シガレットを一本とつて口にくわえた。
「母は大変に興奮しておりまして、いろいろ申しましたが、結局、父が余りにさだ子と伊達の結婚について二人の為を思いすぎる。自分は結婚には決して反対ではないが、その条件には絶対に反対だ。お前も極力父に反対してくれ、とこう申すのです。それで私も今までの疑念を晴らすのはこの時と思いましたので、お父さんが二人の為を思いすぎるつて、さだ子も私の妹であなたの子ではありませんか、ときいて見ました」
「うん、そうしたら」
「そうしたら母が急に暫く黙つてしまいましたが、突然私に『お前ほんとにあれを私の子だと思つているのかい?』と青い顔をしてきき返すのです。『そうじやございませんの?』とまた私がきき返しますと、しばらく母は黙つて居りましたが、軈て苦しそうに顔をしかめながら『それについては明日でもゆつくり話してあげる。これには深いわけがあるのだからねえ。どうも頭が割れそうに痛いから今日はもうこの話はやめておくれ』と申しました。それで私も強いてはこれ以上きかなかつたのでございました。私が部屋に帰ろうとする時、『お母様、頭痛ならお薬のんではどう?』と申しますと、母は『ああお薬はとつてあるのだがお前、さだ子がこのあいだのんだ薬を知つているかい』と申すのです『アンチピリンでしよう』と私が云いますと『ではのんでも大丈夫だろうね。何分さだ子にすすめられたものだからね。心配で……』とこう申しました。私はそれで部屋に戻りましたが、私がねる前、お休みなさいを云いに母の部屋にまいりました時はまだ起きておりました。父がまだおきていたからだと思います」
「ところで昨夜母上が死なれたとすると、その秘密はとうとうあなたに知られずにしまつたのですな」
「はい」
「そこでつまりあなたの今の考えをいちごんで云えば、母上の死についてはさだ子
前へ
次へ
全283ページ中68ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
浜尾 四郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング