決の仕方だよ。ただし、この点に関して、ひろ子が全く嘘を云つたと思うこともできるがね」

      9

「まさか!」
 私は思わずこう云つてしまつた。まさかあのやさしい、ひろ子がそんな嘘をつくとは思われぬ。
「小川、相変らず君は美人を見るとすぐ信用してしまうんだね。困つた人だよ君は。美人に好意をもつのは君の自由だが、凡てを信じてはたまらないぜ。美人はよく嘘を云うものだよ。いや、もつとはつきり云えば美しい女性ほど平気でいい加減なことをしやべるもんだよ」
「だつて」
「だつても何もない。美人がひどい嘘をつく例はいくらも世の中にある。犯罪事件に関してもたくさんあるよ。君はあの有名なコンスタンス・ケントという女の殺人犯人の実話を知つているだろう。更に、マドレーヌ・スミスという美人に至つては、夫を毒殺しておいて、まるで天使のような顔付を法廷で保つていた。おかげで陪審員もすつかりだまされて無罪という判決が下つたじやないか。僕が検事をしていた時にも、十八才の虫も殺さぬような美人が情夫をうちへ引き入れている所を家人に発見されて、あべこべに情夫を泥棒だと云つて訴えて来た事件があつたよ。
「しかし僕はひろ子が嘘を云つたと断言するのではない。この点は安心したまえ。ただ彼女はいくらでも母の最期の一言を創作することが出来た筈だ、というのだ。考えて見給え。昨夜徳子の部屋にとび込んだのは、駿三とひろ子とさだ子の三人きりだぜ。そうして徳子の口に耳をよせたのはひろ子一人だ。他の二人は徳子が何を云つたか全く知らぬ状態にある。一方徳子はすぐ死んでしまつた。とすればだ、ひろ子がこの世の中で母の言葉を伝え得るたつた一人の人間ということになる。さだ子に[#「さだ子に」に傍点]と云つたかどうか果して誰が証明するか。しかしてさだ子に[#「さだ子に」に傍点]と仮りに徳子が云つたとしても、どうしてその一言を、直ちに毒を呑まされた、と解釈出来る?」
「じや、ひろ子はさだ子を疑つているのではないかね」
「そうさ。それはたしかに一つの見方だよ。けれど、そうとすれば何故ひろ子はさだ子を怪しんでいるのだろう。怪しむには相当の理由がなければならない」
「犯罪が行われた場合、まずその犯罪によつて利益を受ける人間を疑え、という諺があるよ」
「おや、君は中々いいことを知つているね」
 藤枝はわざと感心したようにこういつて、ポンと煙草
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