一家のようすを注意していたと思わなけりやならない。だから彼はその偶然のチャンスを決して見逃さなかつたのだろう」
「うん、それもたしかに一つの考えだ」
 藤枝はこういつたが、更にまたつづけた。
「ここで特に君の御注意を乞いたいのはその偶然のチャンスが家庭内の極めて家庭的のものだという点だよ。そうでない場合、たとえばさだ子がドライヴに出て自動車のアクシデントに出会つたとか、徳子が芝居見物の帰途を要されておそわれたとかいうのとは全く違つて、母が娘に家の中で、頭が痛いと云い、娘が又それに対して薬をのめと云つたということだ。このチャンスを利用出来るものは……」
 彼はここまでしやべるとふと口をつぐんで私を見た。
 何とも云えない戦慄が私の全身をおそつた。
「ねえ君、これを利用出来るものはどういう種類の人達だろう」
「うん」
 私はおもわず唸らざるを得なかつた。
「じやあ、やつぱり犯人は家庭内の人、すなわち家族か雇人だということになるのか」
「そうなりやいよいよおあつらえ通り『グリーン家の殺人事件』になるわけだね」
 彼はこういうと立ち上つて私の肩に手をおきながらささやいた。
「しかしね小川。そう断ずる為にはわれわれはある一つの勝手な仮定を前提としてしまつていることを忘れてはいけないぜ」

      8

 彼はそういうと立つてまた机の所に行き、別な紙片をとつて私の前に腰かけた。
「ところで昨夜の事件だが、これに又いろいろ妙な所がある。秋川一家の人達の様子なのだが、君は気がついたろうが、なんとなく僕はあの家庭が気にいらないね。又『グリーン家の事件』の話になるが、あの小説では探偵がグリーン家にはいるとすぐなんとなく冷たい感じがしたということになつている。我が秋川一家はまさかそうではない。これはつまり小説と事実との相違だけれども、しかし秋川家も何か起りそうな感じの家庭だよ。
 次女さだ子に婚約者があつて長女ひろ子にそれがないというのは必ずしも異例とは云えないけれ共、さだ子の婚約者たる伊達という男ね。一体あの男と秋川家との関係を君はどう思う? 次に最も注目すべきは、結婚と共にさだ子に秋川家の財産の三分の一がゆく、すなわち、名義はさだ子のものでも常識では伊達という家にこの財産がゆくという事実だ。僕の知つている所では、秋川駿三には四人の子がある。その次女に全財産の三分の一がゆくんだぜ。
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