に殺させて下さい! 子供を辱しめるなんて! おおおそろしい」
 この叫びは、犯人ソレイランの妻の口から発せられたものであった。
 しかし、前述した通り、ソレイランは死一等を減ぜられて、今でも刑務所に居るはずである。
 巴里警視総監ムシュウ・モーランはこれについて次のような皮肉を云っている。
「死刑を免かれた犯人ソレイランは今でも、服役している。彼は極めて平和な生活をやっている。死刑廃止論者はさぞ満足することだろう」と。

     四、ジャン・ウエーバー事件

 以上あげたのは皆男の殺人狂だけれども、無論殺人狂は男とは限らぬ。婦人にもたくさんある。ただ婦人が殺人狂である場合は、殺人の方法が男と甚だ違う――即ち相手が大人である場合は多く毒殺が行われるし、そうでない場合は、被害者は抵抗力の少い子供などである。
 そういう例の一つとして私はここにジャン・ウエーバーの事件を記したいのだが、予定の紙数では到底つくせそうもないから極く簡単に書いてしまおう。
 之はフランスの輿論を甚しく刺激した事件で、一九〇五年以降、ジャン・ウエーバーという女が数人の子供を殺したのだが、之がいつも医師に判らず、彼女は中々捕まらなかった。
 いや一度は捕まったのだが、医師が被害者の死を自然死と見たので釈放され、そこで又々子供が殺されはじめたのであった。
 最後に、殺人直後を発見されて逮捕され、審判に附せられたが、彼女は全く狂人なる事が認められて、法律上の責任は負わず、病院に入れられたが、そこで不思議な死方をした。
 彼女の室で異様なうめきがきこえたので、人々がかけつけて見ると、自分で自分ののどをしめて死んでいたのである。
 子供ののどをしめる事が出来ないので、とうとう彼女は自分の首をしめたのだといわれている。
 彼女は、食人女とあだ名され、全くその犯行は理由なくただ子供の首をしめたいという事からおこったものであったらしい。

 私は以上殺人狂の事件を記して来たが、外国で殺人狂の事件というものは、この外にまだまだたくさんある。
 有名な事件では、ジャック・ゼ・リッパーなどがそれだろうと思われるが、ここには、まだ余り我国に紹介された事のない事件を記して見た。
 いずれも変態性慾的な事件である。
 メネルーにしろソレイランにしろ、殊に、ヴァッヘルの事件に於いて、われわれは可なりのザディズムスのあらわれを見出す事が出来る。
 ただ彼らがはたして法律上の責任を負うべきであったかどうだったかは問題になるかも知れない。又反対にジャン・ウエーバーが法律上の責任を負わなかった事が正しいかどうかも相当問題であると思われる。
[#地付き](「探偵」一九三一年五月)



底本:「「探偵」傑作選 幻の探偵雑誌9」ミステリー文学資料館・編、光文社文庫、光文社
   2002(平成14)年1月20日初版1刷発行
初出:「探偵」駿南社
   1931(昭和6)年5月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:川山隆
校正:伊藤時也
2008年10月24日作成
青空文庫作成ファイル:
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