さい。もう眠るんだから」
 若者はしずかに彼女に云った。
 しかし幼いルイズの消失はその夜一晩中、そのアパートのうち中の話題になった。いやその次の日もこの話がつづけられた。そのうちに、だんだんと妙な噂が伝りはじめた。
 どうもあのやくざ者の若者が怪しいというのだ。門番の女が、何でもかんでもあいつが怪しいというので、煙突掃除人夫が一人、すばやく屋根の上に上ってそっとメネルーの室を見る事にした。
 屋根から下りて来ると、人夫はいきなり、
「おい、メネルーの息子の奴、何かストーブでもやすので夢中になってやがるよ」
 という報告をもたらした。
 この時、ツーレという婦人が、
「そう云えば、どうも五階のメネルーの部屋から、ハンマーで肉を切るような音が聞こえていたよ」
 と云い出した。
 一同は何とも云えぬ不安におそわれはじめたのである。
 丁度此時、警察から刑事がやって来て、メネルーの戸を叩いた。はじめは中々応じなかったがとうとうしまいにメネルーは戸をひらいた。
 刑事の訊問に対して、彼は不相変《あいかわらず》何も知らぬの一てんばりで押通したが丁度その時、刑事の一人が、しきりに燃えているストーブの蓋をあけて中の物を引出してみると、それは血がついた肉塊であった。つづいて小児の内臓とおぼしきものが、半分くすぶりながら引ずり出されて来た。
 そこで直にメネルーの身体が捜索された。
 恐るべし! 彼の上衣のポケットの中から、小児の二本の腕が発見されたのであった。
 最後にストーブの中から首が出て来たが、棚その他にかくしてあった肉片をすっかり出して見ると、実にルイズの身体は三十五の部分に切りわけられていたのである。
 もはや何らの否認は許されなかった。
 犯人の自白は次のようなものだった。
「午後四時頃に、水をくみに出た所、ルイズに出会ったんです。そこで私はその子を、へやにさそいました。何かいい物をやると云ったのです。まもなくしきりに帰りたがりましたが、私は部屋から出しませんでした。とうとうルイズは泣き出しましたが、それから後の事ははっきりおぼえていません。ただ夢中でルイズの咽喉をしめて殺した事を思い出します。私の手でしめたのです。それからマットをとって之に身体をくるんで、ベッドの中につっこみ側に私も横になりました。しかしその夜中私は眠れませんでした。朝になって両親が出かけてしまうのを見すまし、台所に行って庖丁でまずその身体を二つに切りさきました。それからもっと細かくきざんで、ストーブで燃してしまうつもりだったのです。この仕事を私は便所の手洗の所ではじめました」
 この自白は全部が事実とは思われない。何故ならば、発見された肉片は全部をよせてもまだ、小児の身体を完成しなかったから。即ち四つのある特殊の器官がとうとう見出せなかったのである。
 九月八日、プラースラロケットでこの若者は死刑を執行された。
 彼も殺人狂の一人である。而も法律上の責任は負うべしと認められたわけである。

     三、ソレイラン事件

 ソレイランの事件もメネルーの事件と殆ど同じようであるが、此の事件の主人公は、仏国大統領の特別な仁慈により死刑を免れる事が出来たが、此の特別な仁慈は、輿論の反対を非常に惹起して大統領ファリエールは大に人気を失うに至った。
 一九〇七年一月三十一日リュー・サンモール七六番地に住んでいたエルベルディング夫人は、アルベール・ソレイランという二十六歳になる男と往来で偶然に出会った。此のソレイランという男は相当に有福な家の息子で、エルベルディングはそこの家に家政婦としてつかわれていた事があったのだった。
「私の妻がバタクランのコンセールに行くのですが如何です。お宅のマルテさんも一緒にいっては?」
 ソレイランはいきなりこう云ったのである。
 マルテというのは、エルベルディングの娘で当年とって十一歳であった。
 はじめは、エルベルディング夫人はこれを拒んだけれども、ソレイランはしきりとうながし、自分の妻も亦マルテもきっとよろこぶに違いない、と主張した。
 母親もよく考えて見ると、自分の娘をこの男に托す事を特に拒絶する理由が発見出来なかった。殊にソレイランの子供の時代からよく知っている彼女の事だ。安心してとうとうマルテを彼に托し、バルコニーから「オー、ルヴォアル」とよびかけて送り出してやったのであった。
 すると午後五時にアルベール・ソレイランが一人でエルベルディングの所にやって来て、マルテがもう帰って来たかと質問した。
 驚いて母親は云った。
「いいえまだ。だけど、どうしたんです」
「僕らはバタクランに行ってたんですよ。中々面白かった。がマルテがいつのまにか見えなくなっちまったんでね」
 之をきいて母親はさっそくバタクランにかけつけて見ると、丁度今終った
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