ねんご》ろにして居たらしい男をお捜しになった事がございました。その時の御奉行様の御明智には一同皆恐れ入りましたものでございます。あの時、疑のかかった男数人(其の中に村井勘作も居りましたのでございますが)をお白洲にお呼び出しになり、一方御奉行様は殺された後家の処に永く飼われて居りました猫を人に持たせて御出になりました。扠《さて》、人が猫を放しますと猫はするすると煙草屋彦兵衛という者の所にまいり、直ぐその膝の上にのってしまいました。後家の家に飼われて居りました猫は平生しげしげ出入する男だけを見おぼえて居りまして、無心に罪人を指してしまったのでございました。
之をじっと御覧になって居られた御奉行様は直ちに彦兵衛をお捕えさせになり種々とお糾《ただ》しになりましたが、彦兵衛は後家の家に今迄一歩も入った事がないと申して中々白状致さないのでございます。平生から生き物がすきで彦兵衛方にも猫が居ると申し、丁度近頃その遊び相手の猫がちょいちょい来るのを後家の猫とは聊かも知らず、よく食べ物などをやって可愛がって居たと、こう申し開きを致しましたので、
「それでは其の方の猫をここに連れ参れ」
と御奉行様が仰言いました。すると彦兵衛は十日程以前よりその猫が行方知れずになったと云うようなお答えを致したのでございました。此の男は独身者で、誰も彦兵衛が猫を飼って居たと申して出る者もございません。其の中、いろいろ責められて包み切れず、とうとう後家殺しの一部始終を白状致してしまいました。あなた様方もご存知の通り、申すまでもなく彦兵衛は直ちにお処刑になってしまいました。
所が、先程申し上げました村井勘作という罪人が、四谷の後家殺しを御奉行様の前で、突然白状致したのでございます。初めは御奉行様もお取り上げにもならず「何をたわけた事を申す」と仰言っていらしったそうでございますが、一方、段々役目の方々が訊して参りますと、それがすっかりあの時の事情と符合致すのでございます。そして、平生猫が大嫌いであったので後家の所へ通って居りました頃も、其処の猫を見つけるといきなり足蹴に致したり打ったり致しますので、猫も村井の顔を見る度に恐れて逃げ廻って居たのだと申しましたのでございます。真実猫が嫌いであったのか、仮令猫にもせよ密事《みそかごと》を外の目に見られるのを恐れてわざと猫を追いました事やらよくは判りませぬが、左様
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