が……?」
 突然烈しい咳《せき》が大川を襲った。啖《たん》がのどで鳴った。明かに大川は断末魔に迫っている。
 死人のような山本はしかしおっかぶせるように大川の手をとって耳に口をよせながら叫んだ。
「今こそほんとうを云おう! 大川! 君には子はできないわけなのだ。だから久子は君の子であるわけはない。君の感じは正しかったんだ。君の直観は正しかったんだよ! 大川、もう一つ云う、云わなければならない。君の夫としての直観は正しかったのだ。しかし全部が正しくはなかったのだよ。……僕は君が蓉子を殺したことを知ったのではない。また推察したのでもない。君は夫として芸術家としての直観と云ったね。しかし僕のは……僕のは、恋人として、愛人としての……」
 ここまで夢中になって語ってきた山本はこの時はじめて大川の異状に気がついた。医師としての観念が彼を支配した。彼はいきなり電気のスイッチをひねった。照らし出されたベッドの上に、彼はもはや永久の眠りに入っている大川竜太郎を見出したのであった。
 山本ははじめて友人の死体と対話していたことに気がついた。山本の最後に云った言葉がどこまで大川に聞えたか疑問である。しか
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