して泥棒泥棒と叫んだわけなのだ。
僕の望みは美事に遂げられた。そこにはただ百分の一秒ぐらいの時の差があるばかりではないか。賊が蓉子を殺した後僕が賊を殺したかその最中に殺したか、誰が知ろう。……見給え世人はまったく僕が力およばずして妻を死なしたと思っている。……嗤《わら》うべきではないか。僕は力およばずどころではない。故意に妻を死なせたんだ。
山本、これがあの夜の恐ろしいできごとだったのだ。」
大川は一気にこう云ってしまうと探るような眼付で山本をながめた。
夕闇はきた。部屋はまったくくらくなった。闇の中に二人は相対している。
聞き終った山本が突然、病人の傍においてある水をぐっと呑んだ。そうして云った。
「恐ろしい話だ。恐ろしい事実だ。……しかし君が死ぬ気になったのはどうしたのだ。」
「さ、そこなんだ。僕が君に云おうとしているのは。いいか? 僕のいうことは矛盾だらけかもしれない。しかしその矛盾だらけなのが人間の心なんだから了解してくれ。
僕はああやって妻の殺されるのを見ていた。否、妻を殺さした。これが法律上どういうことになるかは知らない。しかし道徳上では十分責任を負うべきこと疑
前へ
次へ
全44ページ中33ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
浜尾 四郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング