ルを握りつめてその有様を見つづけたのだ。
蓉子は何か叫ぼうとした。そうして顔をあげた。僕はその時の蓉子の顔を決して忘れない。充血した顔の色、無理に開いた眼、ひっつれた唇、そうして痙攣《けいれん》してふるえながらも、猛獣のような男の両腕にからみついたその二つの手!
この抵抗にあった賊は野獣のようになって両腕にいっそう力を入れるかと思うと蓉子はいきなり後に仆《たお》れつづいて折重なって賊もその上に乗りかかった。彼は素早く顔から布をとってもう息が止っているらしい蓉子の口におしこもうとしている。
恐ろしい地獄のような数秒間だった。しかし同時に何というすばらしい数秒間だったろう。僕は心に願ったことが今立派に行われたのを見たのだ!
『今だ、今こそ逃してはいけない。』
僕はそう思って襖をあけるや否や、脱兎のごとく賊の傍に行った。彼がまだすっかり起き上れないうちにいきなり第一発をその右胸に撃ち込んだ。ひるむところをその右額めがけて第二発を発射したのだ。むろんやり損《そこな》うはずはない。賊は立ちどころに即死してしまった。泣き叫ぶ久子、この呪うべき久子をそこに転がしたまま僕は表に飛び出した。そう
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