ろう。それがどうだ、その男に金を出せといわれると魂がぬけた人のように真青になってぶるぶる慄えはじめたんだ。
 スタンドの電気が、僕のいる方にきていないのを幸、僕は黙ってこの不思議な有様をながめていた。すると賊はまたまた押えるような声だ。
『早くしろ! しないとこうだぞ!』といってやにわに右手の出刃をひらめかした。
 僕が思わずあっと叫ぼうとする前に、早くも蓉子は絹をさくような悲鳴をあげた。すると賊は非常に狼狽したさまを現わしたが、いきなり蓉子にとびかかって首をしめつけたんだ!」
 不意に山本が訊ねた。
「出刃庖丁は? 出刃庖丁を使わなかったのか。」
「出刃か? うん、それを投げ出していきなりとびかかったんだ。ところがそれを見た僕は驚くべき程落つきはじめたんだ。その時僕の頭に、突然、恐ろしい考えが浮んだんだ。蓉子は今殺されかかっている。その蓉子を、数時間前にはこの俺が殺そうとしたのじゃないか。よし。僕が手を下す必要はない。時は今だ。賊をして決行せしめよ! 責任は賊に行く。よし、自分の空想した殺人行為が、今眼前で遂行さるるのを見よ!
 僕は鐘のように打つ心臓の鼓動をおさえつけながら、ピスト
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