う。
日の光はしだいに薄れて、夜が近づく。
陰惨な静寂に、医学士山本正雄は堪えられぬもののように頭をかきむしった。
患者は大川竜太郎という有名な戯曲者である。彼はその二十七の年に処女作を発表し、当時の文壇のある大家にその才能を認められてから、がぜん有名になった。つづいて発表された第二、第三の諸作によって、彼は完全に文壇の寵児《ちょうじ》となり三十歳に達せざるに、社会はもはや彼が第一流の芸術家であることを認めないわけにはいかなかったのである。
その大川竜太郎が、三十三の今日、劇薬を呑んで自殺を企てたのである。幸か不幸か、彼はすぐ死ぬということに失敗した。彼が苦悶《くもん》のままその家から程遠からぬこの病院にかつぎ込まれてから、今日でちょうど五日目である。
副院長山本正雄は大川の友人であった。彼が必死の努力によって、大川は救われたかと思われた。しかし、それも一時のことであった。山本は今、大川の生命はただ時間の問題であることはよく知っている。
なぜに大川は自殺を企てたか。
大川が事実自殺を計ってこれを決行したにもかかわらず、なんら遺書と見らるべきものが遺《のこ》されなかったため
前へ
次へ
全44ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
浜尾 四郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング