野口雨情民謡叢書 第一篇
野口雨情

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)土蜂《つちばち》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)人目|怖《こわ》けりや

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#1字下げ]田舎乙女[#「田舎乙女」は大見出し]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ねん/\小唄
−−

[#1字下げ]田舎乙女[#「田舎乙女」は大見出し]

おまへは田舎の
乙女さま

お馬で朝草
刈りにゆく

山ほととぎすが
山で啼きや

お馬もお耳を
たてて聞く

山ほととぎすは
渡り鳥

あの山渡つて
どこへゆく


[#1字下げ]土蜂[#「土蜂」は大見出し]

草を刈ろとて
鎌研ぎしてりや

蜂がとんで来た
土蜂《つちばち》が

蜂を見てたりや
鎌で指切つた

指を見せたりや
蜂ア逃げた


[#1字下げ]窓[#「窓」は大見出し]

山を眺めたが
山は物言はぬ

空を眺めたが
空も物言はぬ

    さうよ、ほんとに
    じれつたい

窓に来て啼け
山ほととぎす

たより聞かせて
くれないか

    さうよ、ほんとに
    じれつたい


[#1字下げ]仙酔島[#「仙酔島」は大見出し]
[#ここから4字下げ]
(仙酔島は広島県鞆の沖にあり)
[#ここで字下げ終わり]

どうせうきよぢや
せんすいじまよ

かよてこよなら
かよひもするが

人の心ととけいのはりは
一びやう一びやうとうつりゆく


[#1字下げ]田螺[#「田螺」は大見出し]

田甫《たんぼ》見てたりや
烏の鳥が

田螺《たにし》たたいて
遊んでる

可哀想だな
田甫の田螺ア

たんこたんこと
たたかれる


[#1字下げ]荷物片手に[#「荷物片手に」は大見出し]

こんな恋しい
   この土地すてて

どこへ行くだろ
   あの人は

どこへ行くのか
   わしや知らないが

荷物片手に
   傘さげて

わしも行こかな
   この土地すてて

荷物片手に
   あの人と


[#1字下げ]今立小唄[#「今立小唄」は大見出し]
[#ここから4字下げ]
(三里山は、福井県今立郡の平野中にあり。周囲三里と称さる。山麓に十数の農村あり)
[#ここで字下げ終わり]

三里山《さんりやま》から(ヤンレ)
  笛吹きながら
    スツチヤン、スツチヤン
      スツチヤン、チヤン、ト
鳶《とんび》ア昼寝に(ヤンレ)
  呼びに来る
    スツチヤン、スツチヤン
      スツチヤン、チヤン、ト

山で笛吹く(ヤンレ)
  鳶の鳥と
    スツチヤン、スツチヤン
      スツチヤン、チヤン、ト
山で昼寝が(ヤンレ)
  してみたい
    スツチヤン、スツチヤン
      スツチヤン、チヤン、ト

山で鳶と(ヤンレ)
  昼寝をしたりや
    スツチヤン、スツチヤン
      スツチヤン、チヤン、ト
とうと薯芋《とろろいも》(ヤンレ)
  夢に見た
    スツチヤン、スツチヤン
      スツチヤン、チヤン、ト


[#1字下げ]美濃の関の唄[#「美濃の関の唄」は大見出し]
[#ここから4字下げ]
(この謡は美濃国関町の土地唄として書いたもので一名『美濃の関節』と称した)
[#ここで字下げ終わり]

関《せき》と言ふたとて関所もないに
なんのかんのと来てくれぬ

    来る気か来ぬ気か言つてみな
    言ひよによつては ドーンドーン

来いと言ふなら寝ずにも行くが
怖い人目の関がある

    鬼でも棲むよなこと言ふて
    その手でだまさば ドーンドーン

人目|怖《こわ》けりや暗夜《やみよ》においで
関も暗夜はたんとある

    暗夜になつてもツンともない
    かうなりや押しかけ ドーンドーン


[#1字下げ]土投げ唄[#「土投げ唄」は大見出し]

かつぽれ かつぽれ
この土 かつぽれ

池が出来たら
金魚でもいけて

     ヨイト、ヨイトナ

おしやれ姿が
眺めたや

さうとも さうとも
この土 かつぽれ

山が出来たら
桜でも植ゑて

     ヨイト、ヨイトナ

春の咲く花
眺めたや

まだある まだある
この土 かつぽれ

池にや金魚よ
山には桜

     ヨイト、ヨイトナ

わたしや このごろ
土投げた


[#1字下げ]糸つむぎ唄[#「糸つむぎ唄」は大見出し]

今朝《けさ》も雀が
言ふことにや

糸が切れても
 わしや知らぬ

糸も むらなら
 切れもする

切れたからとて
 わしや知らぬ

またも 雀が
 言ふことにや

糸が切れたら
 つなぎやんせ

つないで切れたら
 泣きやしやんせ

泣いたからとて
 わしや知らぬ


[#1字下げ]絹の裳裾[#「絹の裳裾」は大見出し]

絹の裳裾《もすそ》は
  四辺《あたり》を照らす

裾にや照らされ
  照らされる。

畑照らすは
  天道《てんと》さまばかり

畑照らしに
  照らしやりに

今日も照らしやる
  畑の中にや

わしと天道さんと
  ふたりきり。


[#1字下げ]岡崎一口唄[#「岡崎一口唄」は大見出し]
[#ここから4字下げ]
(この一口唄は、三河国岡崎の老友岡田撫琴居士におくる。)
[#ここで字下げ終わり]

やんれ 岡崎の
娘さん

わしとゆかぬか
鎌もつて

あの山 蔭へ
草刈に

草を枕に
やつとさのさ

草がしをれる
やつとさのさ

茨がとめたら
どうなさる

おや、岡崎の
娘さん

そのときや茨と
やつとさのさ


[#1字下げ]大函小函[#「大函小函」は大見出し]
[#ここから4字下げ]
(大函小函は、北海道大雪山の南麓。峡流美で名高い層雲峡の上流。河鹿の名所である。)
[#ここで字下げ終わり]

大函《おほばこ》 小函の
河鹿《かじか》の子さへ

岩にやせかれる
瀬にや流される

浮世なりやこそ
あきらめしやんせ

りん気アせぬもの
恋アせまいもの。


[#1字下げ]銀座の月[#「銀座の月」は大見出し]

銀座照る月ア
田舎も照らす

月と名がつきや
二つはないに

済まぬ気がした
十五夜さまよ

わしの眼の性か
銀座で見たりや

麻の葉つぱで
こさへたやうに

丸いお月が
三角に


[#1字下げ]山ほととぎす[#「山ほととぎす」は大見出し]

茶の樹畑にや
茶摘み唄

この日の永いに
姉《あね》さまよ

菜の花畑にや
子守り唄

夜は明けやすいに
母《かあ》さまよ

山ほととぎすが
啼いてゆく


[#1字下げ]霧雨[#「霧雨」は大見出し]

霧し雨降りや
茶の樹がぬれる

鳩は茶の樹を
見ちや啼いた

霧し雨だが
茶の樹の上にや

しととしととと
降りかかる


[#1字下げ]旅の民謡 四章[#「旅の民謡 四章」は大見出し]

ふじの白雪
お日和《ひより》つづき
つばめ来る日も
間はなかろ
   ――富士五湖めぐり――

  ×

山にや霧立つ
霧ア雲となる
雲も重なりや
雨となる

  ×

帯のはばほど
なかろがあろが
吉田上宿
よいところ
   ――富士吉田口にて――

  ×

杉になりたや
御嶽《みたけ》の杉に
御嶽三柱
まもり杉に
   ――甲州御嶽にて――


[#1字下げ]山越え 山越え[#「山越え 山越え」は大見出し]

山越え 山越え
逢ひたさに

夜中のお星が
出るころに

山越え 山越え
逢ひに来る

夜明けにや 帰らにや
ならぬのに

逢瀬《あふせ》もほんとに
短いに

山越え 山越え
逢ひに来る


[#1字下げ]働け 働け[#「働け 働け」は大見出し]

働け 働け
せつせと働け

野良ぼ犬さへ
朝寝はしない

まして鶏ア
なほ早い

寝てて暮さば
先の世に見やれ

空の天道《てんと》さま
罰あてる

寝てて暮すは
お嬢さまばかり

寝ててお百姓ア
暮されぬ。


[#1字下げ]空の天道さま[#「空の天道さま」は大見出し]

誰もゐないから
  天道《てんと》さま見たら

ウンニヤ 魂消《たまげ》た
  天道さま言ふにや(ホホホノ ホイ)

奈良の大仏さま
  お昼寝なさる

紀州熊野の
  権現さまも   (ホホホノ ホイ)

ウンニヤ 魂消た
  お昼寝なさる

お釈迦さまさへ
  甘茶は飲むに  (ホホホノ ホイ)

昼寝するのが
  嘘だと言《ゆ》なら

空の天道さんに
  灸《やいど》 やかる   (ホホホノ ホイ)


[#1字下げ]伊奈波音頭[#「伊奈波音頭」は大見出し]
[#ここから4字下げ]
(岐阜の伊奈波神社は、五穀の守護神として名高し。この音頭〔藤井作曲〕は、五穀豊穣祈願の踊り歌として作る。)
[#ここで字下げ終わり]

[#2字下げ]一[#「一」は中見出し]

岐阜の伊奈波《いなば》さま
五穀の護り
五穀みのれよ
世は穏《おだやか》に

[#2字下げ]二[#「二」は中見出し]

五穀みのれば
お百姓繁昌
雨もうるほせ
彌日《いやひ》も照らせ

[#2字下げ]三[#「三」は中見出し]

里の後生楽《ごしやうらく》
五穀が大事
五穀波うて
穂に穂もなびけ

[#2字下げ]四[#「四」は中見出し]

雨が片降りや
日が出て照らせ
旱魃《ひでり》つづかば
雨雲おこせ

[#2字下げ]五[#「五」は中見出し]

今年や世がよい
家棟《やむね》の上で
岐阜の伊奈波さま
この里護る。


[#1字下げ]撫子[#「撫子」は大見出し]

河原の撫子《なでしこ》
おしやれな撫子
薄紅つけてる ヤーイ

あした雨ふる
薄紅落すな
河原の撫子 ヤーイ


[#1字下げ]石の地蔵さま[#「石の地蔵さま」は大見出し]

石の地蔵さま
おら見て来たが

誰にもろたか
涎垂《よだ》れかけかけた

物は言はぬが
にいたり顔で

とかく地蔵さま
気が若い。


[#1字下げ]煙草[#「煙草」は大見出し]

丸い輪になれ
煙草のけむり

こんなときでも
来りやよいに

辛気くささよ
火鉢の中にや

燃えたマツチの
棒ばかり

こんど来たなら
煙草のけむり

顔へぱつぱと
吹いてやろ。


[#1字下げ]通り魔の唄[#「通り魔の唄」は大見出し]

恋は通り魔、
  通さにやならぬ

通しましよかよ
  通り魔を。

通り魔だから
  通すもよいが

もしやわたしに
  魔がささば。

さうよかうなりや
  人目がこわい

人目しのんで
  通さうか。

人目しのんで
  命の鍵に

ひよいと魔がさしや
  身がほろぶ。


[#1字下げ]出来事[#「出来事」は大見出し]

畑|作《さく》ろとて
畑さ出たに (ノー)

馬にけられたか
牛にふまれたか

捨てる筈アねエに
襷《たすき》もすてて (ノー)

ものもいはずに
泣いて来た

どこの馬だか
おら知らないが

おれが見てたら
しつぽなぞふつて

畑ながめて
立つてゐた


[#1字下げ]砂原[#「砂原」は大見出し]

砂原の月夜をまつに
砂原よ

砂原は月夜になれば
砂原へ

たづね来る人のありや
乙女子よ

砂原は月夜になれよ
砂原よ


[#1字下げ]梅雨空[#「梅雨空」は大見出し]

空はつゆ空
ゆふべの月よ

月もつゆ空
つゆたれる

月はゆふ月
ゆふべの星よ

星もつゆ空
つゆたれる

晴れなつゆ空
はれぬかつゆよ

月もお星も
晴れて出な


[#1字下げ]水がれ田[#「水がれ田」は大見出し]

田が涸れ 田が涸れ
水田が 涸れた

鴫《しぎ》が来て啼く
田が涸れた

涸れてくりや田も
一夜で涸れる

鴫の来ぬ間に
田が涸れた

鴫は田の鳥
鴫ア田が恋し

鴫は涸れ田で
かなしげに


[#1字下げ]小磯の蔭[#「小磯の蔭」は大見出し]
[#ここから4字下げ]
(めかり娘とすなどり男)
[#ここで字下げ終わり]

めかり娘
「来いと言ふから
     砂山越えて

 裾で小砂を
     曳きながら

すなどり男
「よ
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