わしや知らぬ


[#1字下げ]絹の裳裾[#「絹の裳裾」は大見出し]

絹の裳裾《もすそ》は
  四辺《あたり》を照らす

裾にや照らされ
  照らされる。

畑照らすは
  天道《てんと》さまばかり

畑照らしに
  照らしやりに

今日も照らしやる
  畑の中にや

わしと天道さんと
  ふたりきり。


[#1字下げ]岡崎一口唄[#「岡崎一口唄」は大見出し]
[#ここから4字下げ]
(この一口唄は、三河国岡崎の老友岡田撫琴居士におくる。)
[#ここで字下げ終わり]

やんれ 岡崎の
娘さん

わしとゆかぬか
鎌もつて

あの山 蔭へ
草刈に

草を枕に
やつとさのさ

草がしをれる
やつとさのさ

茨がとめたら
どうなさる

おや、岡崎の
娘さん

そのときや茨と
やつとさのさ


[#1字下げ]大函小函[#「大函小函」は大見出し]
[#ここから4字下げ]
(大函小函は、北海道大雪山の南麓。峡流美で名高い層雲峡の上流。河鹿の名所である。)
[#ここで字下げ終わり]

大函《おほばこ》 小函の
河鹿《かじか》の子さへ

岩にやせかれる
瀬にや流される

浮世なりやこそ
あきらめしやんせ

りん気アせぬもの
恋アせまいもの。


[#1字下げ]銀座の月[#「銀座の月」は大見出し]

銀座照る月ア
田舎も照らす

月と名がつきや
二つはないに

済まぬ気がした
十五夜さまよ

わしの眼の性か
銀座で見たりや

麻の葉つぱで
こさへたやうに

丸いお月が
三角に


[#1字下げ]山ほととぎす[#「山ほととぎす」は大見出し]

茶の樹畑にや
茶摘み唄

この日の永いに
姉《あね》さまよ

菜の花畑にや
子守り唄

夜は明けやすいに
母《かあ》さまよ

山ほととぎすが
啼いてゆく


[#1字下げ]霧雨[#「霧雨」は大見出し]

霧し雨降りや
茶の樹がぬれる

鳩は茶の樹を
見ちや啼いた

霧し雨だが
茶の樹の上にや

しととしととと
降りかかる


[#1字下げ]旅の民謡 四章[#「旅の民謡 四章」は大見出し]

ふじの白雪
お日和《ひより》つづき
つばめ来る日も
間はなかろ
   ――富士五湖めぐり――

  ×

山にや霧立つ
霧ア雲となる
雲も重なりや
雨となる

  ×

帯のはばほど
なかろがあろが
吉田上宿
よいところ
   ――富士吉田口にて――

  ×

杉になりたや
御嶽《みたけ》の杉に
御嶽三柱
まもり杉に
   ――甲州御嶽にて――


[#1字下げ]山越え 山越え[#「山越え 山越え」は大見出し]

山越え 山越え
逢ひたさに

夜中のお星が
出るころに

山越え 山越え
逢ひに来る

夜明けにや 帰らにや
ならぬのに

逢瀬《あふせ》もほんとに
短いに

山越え 山越え
逢ひに来る


[#1字下げ]働け 働け[#「働け 働け」は大見出し]

働け 働け
せつせと働け

野良ぼ犬さへ
朝寝はしない

まして鶏ア
なほ早い

寝てて暮さば
先の世に見やれ

空の天道《てんと》さま
罰あてる

寝てて暮すは
お嬢さまばかり

寝ててお百姓ア
暮されぬ。


[#1字下げ]空の天道さま[#「空の天道さま」は大見出し]

誰もゐないから
  天道《てんと》さま見たら

ウンニヤ 魂消《たまげ》た
  天道さま言ふにや(ホホホノ ホイ)

奈良の大仏さま
  お昼寝なさる

紀州熊野の
  権現さまも   (ホホホノ ホイ)

ウンニヤ 魂消た
  お昼寝なさる

お釈迦さまさへ
  甘茶は飲むに  (ホホホノ ホイ)

昼寝するのが
  嘘だと言《ゆ》なら

空の天道さんに
  灸《やいど》 やかる   (ホホホノ ホイ)


[#1字下げ]伊奈波音頭[#「伊奈波音頭」は大見出し]
[#ここから4字下げ]
(岐阜の伊奈波神社は、五穀の守護神として名高し。この音頭〔藤井作曲〕は、五穀豊穣祈願の踊り歌として作る。)
[#ここで字下げ終わり]

[#2字下げ]一[#「一」は中見出し]

岐阜の伊奈波《いなば》さま
五穀の護り
五穀みのれよ
世は穏《おだやか》に

[#2字下げ]二[#「二」は中見出し]

五穀みのれば
お百姓繁昌
雨もうるほせ
彌日《いやひ》も照らせ

[#2字下げ]三[#「三」は中見出し]

里の後生楽《ごしやうらく》
五穀が大事
五穀波うて
穂に穂もなびけ

[#2字下げ]四[#「四」は中見出し]

雨が片降りや
日が出て照らせ
旱魃《ひでり》つづかば
雨雲おこせ

[#2字下げ]五[#「五」は中見出し]

今年や世がよい
家棟《やむね》の上で
岐阜の伊奈波さま
この里護る。


[#1字下げ]撫子[#「撫子」は大見出し]

河原の撫子《なでしこ》
おしやれな撫子
薄紅つけてる ヤーイ


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