別後
野口雨情

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)嘶《いなな》く

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)去年|常陸《ひたち》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)別後[#「別後」は大見出し]
−−

別後[#「別後」は大見出し]

[#1字下げ]別後[#「別後」は中見出し]

逢ひは しませぬ
   見もしま せぬに
わしの この村を
   馬に乗つて 通つた

馬も嘶《いなな》く
   わたしも泣いた
逢はれないのに
   逢ふ気で来てる。


[#1字下げ]焼山小唄[#「焼山小唄」は中見出し]

五条館《ごでうやかた》の
   女郎《いらつめ》は
山に雉子啼く
   日であつた
被衣《かつぎ》かづいて
   片岡の
馬に乗られて
   まへられた

馬が嘶《いなな》きや
   女郎は
かつぐ被衣に
   顔かくれ
雉子が啼いてる
   いただきの
山の麓を
   越えられた

越えたその夜《よ》に
   いただきの
山は焼けたが
   野は焼けず
芒尾花《すすきをばな》は
   片岡の
馬に喰はれて
   芽が萠えた。


[#1字下げ]おたよ[#「おたよ」は中見出し]

ゆうべ厨《くりや》の
   水甕に
小首かたむけ
   聞きほれた
おたよは背戸の
   きりぎりす

月の夜なれば
   昼顔の
蔓の葉に啼く
   虫の音を
おたよ十六
   なんと聞く

をとめの胸を
   をどらせし
同じ夢見た
   そのあした
逃げて失せたも
   きりぎりす。


[#1字下げ]萱の花[#「萱の花」は中見出し]

誰に見よとて
   髪結ふた
西の山には
   萱の花

誰に解かそと
   帯締めた
東の山にも
   萱の花

萱の枯葉に
   だまされた
お綱さまはと
   懸巣啼く。


[#1字下げ]旅の鳥[#「旅の鳥」は中見出し]

山に春雨
   野に茅花《つばな》
花のかげかは
   つばくらめ
去年|常陸《ひたち》の
   ふるさとの
山に来もした
   つばくらめ

雨は降れども
   つばくらは
花に寝もせぬ
   旅の鳥
野にも山にも
   春雨の
雨は糸より
   細く降る。


[#1字下げ]三度笠[#「三度笠」は中見出し]

馬に乗られた
   三度笠
手綱とられた
   黄楊《つげ》の櫛
雁《かり》が啼くから
   あれ聞けと
城下通れば
   馬が言ふ。


[#1字下げ]夕焼[#「夕焼」は中見出し]

山のふもとの
   遠方《をちかた》は
雲雀《ひばり》囀《さへづ》る
   青野原
声は遙に
   夕暮の
空はおぼろに
   花ぐもり

雲雀囀る
   遠方の
山のふもとの
   大空は
夕焼小焼の
   日が暮れて
桜は真赤に
   みンな焼けた。


[#1字下げ]河原柳[#「河原柳」は中見出し]

南風吹け
   麦の穂に
河原柳の
   影法師
最早今年も
   沢瀉《おもだか》の
花はちらほら
   咲きました

待ちも暮しも
   したけれど
河原柳の
   影法師
山に父母
   蔓葛羅《つたがつら》
何故にこの頃
   山恋し

藪に茱萸《ぐみ》の木
   野に茨
茱萸も茨も
   忘れたが
藪の小蔭の
   頬白は
無事で居たかと
   啼きもした

山に二人の
   父母は
藪の小蔭の
   頬白は
河原柳の
   花も見ず
南風吹け
   麦の穂に。


[#1字下げ]鳴子引[#「鳴子引」は中見出し]

淀の河原の
   雨|催《もよ》ひ
荻の真白き
   穂はそよぐ
いそげ河原の
   川舟に
菅《すげ》の小笠の
   鳴子引

河原|鶸《ひは》鳴く
   淀川の
小笠かづぎし
   花娘
河原|蓬《よもぎ》の
   枯れし葉に
かへる小舟の
   艪《ろ》が響く

唄へ 花妻
   花娘
淀の川舟
   日が暮れる
菅の小笠に
   三日月の
眉をかくせる
   鳴子引。


[#1字下げ]烏[#「烏」は中見出し]

風に吹かれて
   そよそよと
山の枯葉は
   皆落ちた

木曾に木|榧《がや》の
   実は熟す
かへれ信濃の
   旅烏

茶の樹畑の
   豆食ひし
鳩は畑の
   どこで啼く。


[#1字下げ]みそさざい[#「みそさざい」は中見出し]

わたしの姉さん
   篠藪で
さつさ お背戸の
   鷦鷯《みそさざい》
誰にも言はずに
   ゐてお呉れ

去年の暮にも
   篠藪で
さつさ お背戸の
   鷦鷯
誰にも言はずに
   ゐてお呉れ。
[#改段]

荒野[#「荒野」は大見出し]

[#1字下げ]荒野[#「荒野」は中見出し]

花と云ふ花は咲けども
妻と云ふ
花は咲かない
おお 淋し

荒野《あれの》の果てに
咲く花は
妻と云はりヨか
おお 淋し

風に吹かれて飛ぶ雲は
荒野の 果ての 野の 果ての
わたしに 何んで
恋しかろ。


[#1字下げ]相馬街道[#「相馬街道」は中見出し]

相馬《さうま》街道の
馬追《うまおひ》さんは
肩で風切つて
南へ通る

未通娘《をぼこむすめ》は
おぼろに紅い
咲いた桜も
おぼろに紅い

田甫烏《たんぼからす》か
馬追さんは
未通だまして
二度来てくれぬ

相馬街道の
馬追さんよ
未通娘に
何に変ろ。


[#1字下げ]機屋の窓[#「機屋の窓」は中見出し]

助《すけ》さん助さん
   この助さん
東に花妻
   真中に
川端柳の
   木の枕

助さん助さん
   この助さん
くぐもり小浜《をばま》の
   海の音《ね》は
機屋の窓まで
   響くぞへ。


[#1字下げ]哀別[#「哀別」は中見出し]

海は見たれど
海照らず
山は見たれど
山照らず

時雨の雲の
雨の戸に
わがためぬれた
人もあり

中仙道は
山の国
常陸《ひたち》鹿島は
海の国

これがたまだま
五十里の
山を越えたる
別れかよ

烏しば啼く
しばらくは
山のあなたで
啼けばよい

今宵|一夜《いちよ》を
哀別の
涙で共に
語らうよ。


[#1字下げ]小室の小笹[#「小室の小笹」は中見出し]

裏戸覗いて 裏から
帰る
紺の前掛 麻裏《あさうら》草履

あなた一人に
情立てましよと
泣いてわかれた 小室《こむろ》の
小笹《こざさ》

裏戸覗いて 裏から
帰る
紺の前掛 麻裏《あさうら》草履。


[#1字下げ]十二橋[#「十二橋」は中見出し]

ほんに潮来《いたこ》へ
おいでなら
佐原|来栖《いけす》に
お茶屋がござらう

姉さめしませう
のう姉さ
花のかむろが後朝《きぬぎぬ》の
雨は涙で降るぞへのう

一夜《ひとよ》かりねの
手枕に
旅の妻《おかた》と唄はれて
明日は恥《はづか》し のう姉さ

皐月《さつき》照れ照れ
菖蒲《あやめ》も植ゑよ
お女郎《じよろ》見ましよか十六島は
雨の降るのに花が咲く。


[#1字下げ]夕の空[#「夕の空」は中見出し]

日の暮れ方に
空見れば
いつもはかない
ことばかり

すすきをばなは
穂に咲けど
秋の花ゆゑ
さびしかろ

恋は捨てても
空見れば
思ひ出されて
さびしかろ。


[#1字下げ]麻幹畑[#「麻幹畑」は中見出し]

お竹 十七
麻幹畑《あさがらばたけ》

麻の葉でさへ
枯れればさびし

お竹 十七
麻幹畑

なじよにしましヨと
ひとりで泣いた。


[#1字下げ]おけら[#「おけら」は中見出し]

左官が 左官が
蔵建てた

おけらが三匹
出て啼いた

大工が 大工が
家建てた

お月さん ぽかんと
眺めてる。


[#1字下げ]子安貝[#「子安貝」は中見出し]

渚の 渚の
子安貝

波 どんど
波 どんど
子安貝

今日から ふたりで
暮しませう

お前も
わたしも
子安貝。


[#1字下げ]づぶりこ[#「づぶりこ」は中見出し]

づぶりこ づぶりこで
日ばかり暮す
今朝も とつぷりこと
づぶりこで寝てる

「起きてくれろ」と
あぐらこで言へば
びかん びかんと
眼ばかり出した

壁の隙間さ
天日《てんぴ》のさすに
「外は風だ」と
づぶりこで寝てる。


[#1字下げ]一軒家[#「一軒家」は中見出し]

姉は 男に
だまされた
野中《のなか》の一軒家の
きりぎりす

機場《はたば》に売られた
妹は
とんがらがん とんがらがん
暮してる

姉は 男に
だまされた
野中の一軒家の
きりぎりす

青い芒《すすき》に
降る雨は
ちんちりりん ちんちりりん
降りました。


[#1字下げ]武蔵野[#「武蔵野」は中見出し]

武蔵野に咲く
一輪の
花はやつれて咲きました

「君は 君は」と
武蔵野の
草の中から咲きました

わたしの胸に
恋の日の
花は再び咲くでせうか

草の中から
武蔵野の
花はやつれて咲きました。


[#1字下げ]かなかな蝉[#「かなかな蝉」は中見出し]

初恋《はつごひ》でせう 背戸山で
かなかな蝉が
鳴いてます

別れて遠き君ゆゑに
「別れました」と
言ひました

初恋でせう 背戸山で
かなかな蝉が
鳴いてます。


[#1字下げ]おかよ[#「おかよ」は中見出し]

去年 七月
木小屋の 背戸だ

月もお暈《かさ》を
召してた晩だ

草の露さへ
きらきらしてる

泣いて別れた
忘りヨか おかよ。


[#1字下げ]白露虫[#「白露虫」は中見出し]

かげろふの
あしたはまたぬ命だと
たよりは来たが
どうしよう

ひとつにはまたひとつには
かすかに白き
花でせう

しよんぼりとまたひとつには
さびしく咲いた
花でせう

かなしくもまたふたつには
涙に咲いた
花でせう

かげろふの
糸より細き命だと
たよりは来たが
どうしよう。


[#1字下げ]雁[#「雁」は中見出し]

今朝《けさ》も 南へ
下総《しもふさ》の
雁《かり》が啼き啼きたちました

さらば さらばと
下総の
風の吹くのにたちました

親と別れた
故郷《ふるさと》の
空を見てゐた雁でせう

旅の身ゆゑに
下総の
風の吹くのにたちました。


[#1字下げ]乙鳥[#「乙鳥」は中見出し]

逢ひはせぬかよ
十六島で
潮来《いたこ》出島の
ぬれ乙鳥《つばくら》に

潮来出島の
ぬれ乙鳥は
いつも春来て
秋帰る。


[#1字下げ]空飛ぶ鳥[#「空飛ぶ鳥」は中見出し]

赤いはお寺の
百日紅《ひやくじつこう》
白いは畑の
蕎麦の花

空飛ぶ鳥ゆゑ
巣が恋し
別れし子ゆゑに
子が恋し

木瓜《ぼけ》の花咲く
ふるさとの
国へ帰れば
皆恋し。


[#1字下げ]枯山唄[#「枯山唄」は中見出し]

潮来《いたこ》出島の
五月雨《さみだれ》は
いつの夜《よ》の間《ま》に
降るのだろ

枯れて呉れろと
枯れ山の
風は幾日
吹いただろ

常陸《ひたち》鹿島の
神山に
己が涙の
雨が降れ。


[#1字下げ]祇園町[#「祇園町」は中見出し]

友禅の 赤く燃えたつ
祇園町
銀の糸の
雨は斜に降りしきる

渋色の 蛇の目の傘に
降る雨も
上に下にと降りしきる

鴨川の 河原に啼いた
河千鳥
君と別れた路次口に
雨はしきりと降りしきる。


[#1字下げ]霞の中[#「霞の中」は中見出し]

甘茶が
沸いた
茶が
沸いた

鐘は霞の
中で鳴る

甘茶が
こげた
茶が
こげた

小鳥《とり》も霞の
中で啼く

甘茶が
はねた
茶が
はねた

花も霞の
中で咲く

甘茶が
燃えた
茶が
燃えた

鐘は霞の
中で鳴る。


[#1字下げ]恋の日[#「恋の日」は中見出し]

春の名残《なごり》の
暮るる日に
紅き花さへ
惜みたり

夕べ 畑で
恋人を
待ちしも
今は昔なり

夏のをはりに
露草の
白き花さへ
惜みたり

河原の岸で
恋人と
泣きしも
今は昔なり。


[#1字下げ]沢の螢[#「沢の螢」は中見出し]

一《ひー》 二《ふー》 三《み》
野寺の
鐘が鳴る


蒼白き
旅人よ

野寺の
鐘は
野に響く

蜻蛉《あけづ》は
沼の
藻の花に

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