露は
草木の
葉に降つた

沢の
螢は
皆燃える。
[#改段]

豌豆の花[#「豌豆の花」は大見出し]

[#1字下げ]豌豆の花[#「豌豆の花」は中見出し]

おたよ 二十《はたち》だ
二十一だ

嘘だ 二十だ
二十一だ

おたよ 畑で
なにしてた

赤い豌豆の
花見てた。


[#1字下げ]島[#「島」は中見出し]

沖の小島《をじま》は
身をやつす
離れ小島も
身をやつす

離れ小島は
皆恋し
沖の小島も
皆恋し

島の岸打つ
波でさへ
沖の小島に
身をやつす。


[#1字下げ]散る花[#「散る花」は中見出し]

お別れしましヨと
散る花は
心で泣いてゐたでせう

泣きませぬよと
言ふけれど
涙でうるんで居りました

泣いて別れた
花ならば
可哀想ではないでしヨか

どうせ一度は
別れねば
ならぬ二人でありましヨが。


[#1字下げ]土蔵の壁[#「土蔵の壁」は中見出し]

わたしの胸の
恋の火は
いつになつたら
消えるでせう

竈《かまど》の土は
樺色の
焔に燃えてをりました

君はたしかに
夕暮の
野に咲く花の
露でせう

土蔵の壁に
相合《あひあひ》の
傘にかかれてありました。


[#1字下げ]悲しき恋[#「悲しき恋」は中見出し]

愛しますよと
かすかだが
胸の底から響くでせう

忘れませぬよと
かすかだが
ほろり涙が落ちました

君もわたしも
はかなさは
枯れて名もなき草でせう

死んで了へば
それなりに
消えて跡なき二人です。


[#1字下げ]儚き日[#「儚き日」は中見出し]

君のたよりの
来た日から
かなしい噂がたちました

水に流して呉れろとは
夢と思への
謎か知ら

走り書きだが
仮名文字で
「涙」と記してありました

水に流して呉れろとは
熱い涙の
事か知ら。


[#1字下げ]草萠[#「草萠」は中見出し]

赤い花なら
燃えると思へ

若い娘は
皆身が燃える

白い手拭
うしろに結び

赤い花だと
身ばかり燃やす。


[#1字下げ]下総のお吉[#「下総のお吉」は中見出し]

去年 別れた
下総《しもふさ》の
お吉《きち》は今も
居るだろか
浮草の花かと
聞けば
浮草の
花だと泣いた
下総の
お吉は今も
居るだろか
己《おれ》を待ち 待ち
下総に
嫁にゆかずに
居るだろか。


[#1字下げ]十文字[#「十文字」は中見出し]

道の 十文字で
烏が啼いた

不思議 打《ぶ》ち打ち
烏が啼いた

何《な》んのことだろ
胸まで響く

今日もかんぶり振つて
また 啼いた。


[#1字下げ]渡り鳥[#「渡り鳥」は中見出し]

渡り鳥が渡つてぐ
枯れ山の
小笹の上を渡つてぐ

渦巻きの渦を巻き巻き
枯れ山の
小笹の上を渡つてぐ

枯れ山の小笹の上に
渦巻きの
渦を巻き巻き渡つてぐ。


[#1字下げ]お春娘[#「お春娘」は中見出し]

[#2字下げ]一[#「一」は小見出し]

お春娘は
麦刈りしてる

足のかかとに
「どうだ」と聞いた

親も親父も
天上面してる

日和《ひより》駒下駄は
ぽつこぽつこだ。

[#2字下げ]二[#「二」は小見出し]

朧月夜は
ぼんやりしてる

お春娘も
ぼんやりしてる

風の吹く夜は
風呂場に来てた

切れて了へば
つンけつンけだ

[#2字下げ]三[#「三」は小見出し]

お春娘は
蒟蒻玉《こんにやくだま》見てる

真の闇夜は
下半月《しもはんつき》だ

お春娘も
下半月だ

続く闇夜は
とんけとんけだ

[#2字下げ]四[#「四」は小見出し]

お春娘は
「やだよ」とゆふた

「ほんに さうか」と
窓から見てた

雨の降るのに
甚句《じんく》で通る

蛇の目|傘《からかさ》は
すんなすんなだ

[#2字下げ]五[#「五」は小見出し]

早い月日だ
もう十八だ

可愛《かあい》男《をとこ》も
持つ齢頃だ

お春娘は
出て空見てる

男 空から
降つて来よか。


[#1字下げ]磯の上[#「磯の上」は中見出し]

親恋しがりの子雀よ
親が恋しく
海へ来たのか

海を越えていつて了つた
親雀は
お前のことは忘れてゐるぞ

いくら待つても
元の親には逢はれないのだ
帰れ 帰れ

海の端《はた》で日が暮れたら
子雀よ
本当のはぐれ雀になつてしまうぞ

親の古巣に
妹は
姉はゐないか子雀よ

遙に遠き
沙原に
もう日は山から暮れて来る

海|鵯《ひよどり》よ
子雀は磯にとまつて動かない
だまして山へ帰さぬか。


[#1字下げ]芒の葉[#「芒の葉」は中見出し]

「死なば共だ」と
新吉さんは
裏の お玉坊と
畑で泣いた

ウンニヤ 新吉さんは
小指の先を
細い芒《すすき》の
葉で切りました

裏の お玉坊も
泣き泣き指を
共に芒の
葉で切りました。


[#1字下げ]生姜畑[#「生姜畑」は中見出し]

枯れ山の
芒《すすき》ア穂に出てちらつくが
赤い畑の唐辛《たうがらし》

帯にしめよか
襷《たすき》にしよか
どうせ畑の唐辛

石を投げたら
二つに割れた
石は磧《かはら》で光つてる

安《やす》が女房《にようぼ》の連ツ子は
しよなりしよなりと
もう光る

生姜畑の
闇の晩
背戸へ出て来て光つてる。


[#1字下げ]風が吹く[#「風が吹く」は中見出し]

己《おれ》が家の
うしろの沼に風が吹く
実にしみじみ
風が吹く
見れば見るほど
風が吹く

山の方から
風が吹く
広い河原の
砂利石に
風は鳴り鳴り
吹いて来る

己が生れた
この村の
井戸の釣瓶《つるべ》に
風が吹く
風は鳴り鳴り
吹いて来る。


[#1字下げ]篠藪[#「篠藪」は中見出し]

蝸虫《ででむし》よ
黙り腐つた
蝸虫よ
渦を巻いてる蝸虫よ
何が恋しい
篠籔に
さらさら さらと雨が降る

夢現《ゆめうつつ》に
己《おれ》は暮らした
蝸虫よ
己に悲しいコスモスの
花と花とに雨が降る

もう己の
家は最終《をはり》だ
蝸虫よ
田もいらぬ
畑もいらぬ
篠籔に
さらさら さらと雨が降る。


[#1字下げ]螢草[#「螢草」は中見出し]

垣根の外に
来ては泣く
故郷《ふるさと》の
恋しい唄に聞きほれて
垣根の外に
来ては泣く

下野《しもつけ》の 機場《はたば》に
しぼむ螢草《ほたるぐさ》
垣根の外に
故郷の
恋しい唄を
聞いて泣く。


[#1字下げ]霜枯れ[#「霜枯れ」は中見出し]

裏の田甫《たんぼ》で
鴫《しぎ》がゆふべ啼いた

ささげ畑の 嵐の晩も
君は忍んで 逢ひに来て
呉れた

裏の田甫で
鴫がゆふべ啼いた

鴫も田甫も霜枯れだけど
君は今夜《こよひ》も 逢ひに来て
呉れよう。


[#1字下げ]お糸[#「お糸」は中見出し]

雑木林の
啄木鳥《たくぼくてう》は
杉の枯れ木を
啄《つつ》いて啼いた

杉の枯れ木を
啄木鳥は
無性《むしよう》 やたらに
啄いて啼いた

掛けた襷の
解けたも知らず
涙うかべて
お糸は見てた。


[#1字下げ]麦の穂[#「麦の穂」は中見出し]

ちら ほら 麦の穂
出る頃は
こんこん狐の
目が光る

十六 酒屋の
姉 娘
こんこん狐に
ついてつた

酒屋のうしろの
篠籔に
狐がまた来て
覗いてる。


[#1字下げ]女工唄[#「女工唄」は中見出し]

雨の降る日は
雨だれ
小たれ
何《な》にも恋しくないが
公休日が恋し

空の弁当箱
雨だれ
小たれ
腹の減るたび
故郷《くに》の親思ふ

いやな監督さんだ
雨だれ
小たれ
何にも恋しくないが
公休日が恋し

かかれかかれと
モータが廻る
なににかかりませうか
雨だれ
小たれ。


[#1字下げ]人買船[#「人買船」は中見出し]

人買船《ひとかひぶね》に
買はれて行つた
貧乏な村の
山ほととぎす

日和は
続け
港は
凪《な》ぎろ

皆さん
さよなと
泣き 泣き
言ふた。



底本:「定本 野口雨情 第一巻」未来社
   1985(昭和60)年11月20日第1版第1刷発行
底本の親本:「別後」交蘭社
   1921(大正10)年2月11日刊
初出:焼山小唄「朝花夜花 第一集」研青会
   1907(明治40)年1月
   おたよ「朝花夜花 第一集」研青会
   1907(明治40)年1月
   萱の花「朝花夜花 第二集」研青会
   1907(明治40)年3月
   旅の鳥「朝花夜花 第一集」研青会
   1907(明治40)年1月
   三度笠「朝花夜花 第二集」研青会
   1907(明治40)年3月
   夕焼「朝花夜花 第一集」研青会
   1907(明治40)年1月
   河原柳「朝花夜花 第一集」研青会
   1907(明治40)年1月
   鳴子引「朝花夜花 第二集」研青会
   1907(明治40)年3月
   烏(原題 田甫烏)「朝花夜花 第二集」研青会
   1907(明治40)年3月
   みそさざい(原題 日傘)「朝花夜花 第二集」研青会
   1907(明治40)年3月
   荒野「文章世界」
   1920(大正9)年11月1日刊
   相馬街道(原題 相馬宿場)「劇と詩」
   1911(明治44)年6月
   機屋の窓(原題 機屋)「文章世界」
   1908(明治41)年4月15日刊
   哀別(原題 五十里)「新古文林」
   1906(明治39)年10月
   十二橋「枯草」
   1905(明治38)年3月
   夕の空(原題 めくら魚)「枯草」
   1905(明治38)年3月
   麻幹畑「文章世界」
   1920(大正9)年11月1日刊
   おけら(瀬野伊都子作曲の楽譜付で再録 初出誌未詳)「中央文学」
   1921(大正10)年12月
   子安貝「東京日日新聞」
   1921(大正10)年1月3日
   かなかな蝉(原題 蝉)「文章世界」
   1920(大正9)年11月1日刊
   おかよ(原題 おなよ)「文章世界」
   1920(大正9)年11月1日刊
   空飛ぶ鳥(原題 木瓜の花)「ハガキ文学」
   1906(明治39)年12月
   沢の螢「朝花夜花 第二集」研青会
   1907(明治40)年3月
   悲しき恋「小説倶楽部」
   1921(大正10)年1月
   儚き日「小説倶楽部」
   1921(大正10)年2月
   下総のお吉「文章世界」
   1919(大正8)年12月1日刊
   十文字「茨城新聞」
   渡り鳥「文章世界」
   1919(大正8)年12月1日刊
   お春娘「牧神」
   1920(大正9)年11月
   磯の上「都会と田園」銀座書房
   1919(大正8)年6月
   生姜畑「都会と田園」銀座書房
   1919(大正8)年6月
   風が吹く(原題 己の家 六)「都会と田園」銀座書房
   1919(大正8)年6月
   篠藪(原題 己の家 二)「都会と田園」銀座書房
   1919(大正8)年6月
   妻の穂(原題 村童小唄)「早稲田文学」
   1907(明治40)年5月
   人買船「金の船」
   1920(大正9)年4月
入力:川山隆
校正:noriko saito
2010年4月19日作成
青空文庫作成ファイル:
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