もと》己が家の畑の中に
青々と麦が育つてゐる
己は悲しくなつて畑の方を見ないで通つて来た
己が借金《かり》の為めにとられた杉山が
真黒になつて茂つてゐる
己は悲しくなつて山の方を見ないで通つて来た
己は悲しくなつてもうこの村には居られない
己は何処《どこ》へ行かう
何故己は死ねずに
この村に居るだらう
[#2字下げ]五 暗い心[#「五 暗い心」は中見出し]
己が持つてゐた亡父《おや》の形見の煙草入を
質屋の隠居が
毎日持ち歩いて吸つてゐる
己は、それを見るたび胸が一杯になつた
己が着てゐた夏|外套《インバ》を
古着屋の婆《をばばあ》が
毎日負ひ歩いて見せてゐる
己はそれを聞くたび胸が一杯になつた
己の家で飼つて置いた鶏を
己が売つてやると
すぐ縊られて喰はれてゐる
己は鶏の羽根を見て胸が一杯になつた
己はもう希望も欲もなんにも無くなつて了つた
生きたくも死にたくもなんともない
この村にさへ居なかつたら
己の心はのんびりしよう
[#2字下げ]六 風が吹く[#「六 風が吹く」は中見出し]
己の家のうしろの沼に風が吹く
実にしみじみ風が吹く
見れば見るほど
風が吹く
山の
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