[#2字下げ]一 その頃[#「一 その頃」は中見出し]
己《おれ》が東京から帰つてゆくと
鶏|小舎《ごや》の側《そば》に
無花果《いちぢく》が紫色に熟してゐた
己の家の穀倉《こくぐら》には
米と麦が
向ひ合つて重ねてあつた
己は背戸の杉山に
懸巣が来て鳴くのが
うれしくて堪らなかつた
己が馬に乗つて野にゆくと
頬白は
藪の上に囀つてゐた
己は座敷の丸窓を開けて
紅い芙蓉の花を眺めながら
毎日、本を読んで遊んでゐた
丁爺《ていぢー》が餅を搗いて持つて来て呉れた
己が飛行機の話をすると
ほんたうとは思はずに帰つて行つた
己は巻莨《シガー》を吹かしながら
村の子供等を集めて
庭の植込の中を歩き廻つて遊んだ
己は日暮方になると
裏の田甫《たんぼ》の中に立つて
バーンスの詩の純朴に微笑《ほほゑ》んでゐた
己は百年も二百年も
斯《かう》して生きてゐたいと思つた
[#2字下げ]二 篠藪[#「二 篠藪」は中見出し]
蝸牛《ででむし》よ
黙り腐つた蝸牛よ、渦を巻いてゐる蝸牛よ
何が恋しい
篠藪に
さら、さら、さらと雨が降る
夢現《ゆめうつつ》に
己は暮らした
蝸牛よ
己に悲しい
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