たしの顔を屹度眺めて泣くでせう
劉さん
劉さん
その時のわたしの心はどんなでせう
[#1字下げ]磯の上[#「磯の上」は大見出し]
親恋しがりの子雀よ
親が恋しく
海へ来たのか
海へはいつて蛤に化《な》つて了つた親雀は
お前のことは
もう忘れてゐるぞ
幾ら待つてゐても
元の親には逢はれないのだ
帰れ、帰れ
海の端で日が暮れたら
子雀よ
ほんたうにはぐれ雀になつて了ふぞ
親の古巣に
妹はどうした、姉は居ないか
もう日は山から暮れて来る
海|鵯《ひよどり》よ
子雀は磯にとまつて動かない
だまして山へ帰さぬか
[#1字下げ]百姓の足[#「百姓の足」は大見出し]
百姓の足は怖いから
見たら逃げろと
親蛙が咄して聞かせた
子蛙は毎日
畔《あぜ》の上に匍ひ上つて眺めてゐたが
百姓の足は来なかつた
ある夕方
子蛙が沼の端《はた》で遊んでゐると
百姓が鍬を担いでやつて来た
百姓の大きな足が
子蛙の後《うしろ》から
ずしんずしんと地響を打つて歩いて来る
子蛙は堪らなくなつて
沼の中に飛び込んで顫え顫え隠れてゐた
百姓はずんずん行つて了つた
子蛙が眼子菜《ひるも》の茎に捉《つかま》つて泣いてゐると
親蛙は田の中から跳ねて来て
一所に連れて帰つた
怖い百姓の足が毎日田の中に這入つて来た
百姓はたうとう子蛙の居所までも
跡方なしに耕して了つた
それでも子蛙は生れた田の中が
自分の家だと思つて居たら
皆な怖い足の百姓のものだと親蛙に聞かされた
[#1字下げ]手[#「手」は大見出し]
若い女は
水菓子屋の表に立つて
パイナツプルを買つてゐる
若い男は
店の中にはいつて
パイナツプルを買つてゐる
男が取り次いでくれた
パイナツプルを受けとるとき
女の手が顫えた
男の手
女の手
女の手は顫える
[#ここから1字下げ]
[#ここから大見出し]
畑ン中
(ある農夫の歌の VARIATION)
[#ここで大見出し終わり]
[#ここで字下げ終わり]
真昼間でごわせう
畑《はたけ》ン中に、田鼠《むぐらもち》が一匹
斑犬《ぶち》に掘りぞべられて
イヤハヤ
むんぐらむんぐら居やあした
畑の土は、開闢《かいびやく》このかた、黒いもんか
どなもんか
真《まこと》の所、烏に聞いて見やあすべい
畑ン中は、青空天上、不思議はごわすめえ
喉笛鳴らした、ケーケーケー
鶏《かしは》が走つた
こりやまた事かと魂消《たまげ》払つて居りやあした
蜻蛉《あけづ》が一匹
追つかけ廻つた、啄《つつ》くわ啄くわ
ぶつ飛びあがつた、飛んだわ飛んだわ
蜻蛉は御運《ごうん》でござりあした
地主様の一人娘が
娘に二種《ふたいろ》何処《どこ》にごわせう
どどの詰りが
エヘン
孕み女になりやあした
畑ン中の豆ン花|何《ど》なもんだ
朝つぱらから何事ぶたずに
べろりと咲いてござりやあす
[#1字下げ]山火事[#「山火事」は大見出し]
野兎の子と雉《きぢ》の子と住んでる山が山火事だ
早く逃げぬか
焼け死ぬぞ
先刻《さつき》鳴き鳴き雉の子は
飛んで逃げた
野兎の子はどうした
山の上に走り腐つて逃げたのが
野兎の子でなかつたか
あれは宿なしの山|鼬《いたち》だ
鼬だと鼻ン先が黒い筈だ
黒いとも、黒いとも
真黒だ
駈けてつて見ろ
山一面に火の海だ
逃げ道がなくなる
野兎の子はどうした
山に居るのか居ないのか
息を切つて逃げて来た
何方《どつち》の方へ逃げてつた
雉の子が飛んでつた山の方へ
夢中になつて走つたぞ
[#1字下げ]己の家[#「己の家」は大見出し]
[#2字下げ]一 その頃[#「一 その頃」は中見出し]
己《おれ》が東京から帰つてゆくと
鶏|小舎《ごや》の側《そば》に
無花果《いちぢく》が紫色に熟してゐた
己の家の穀倉《こくぐら》には
米と麦が
向ひ合つて重ねてあつた
己は背戸の杉山に
懸巣が来て鳴くのが
うれしくて堪らなかつた
己が馬に乗つて野にゆくと
頬白は
藪の上に囀つてゐた
己は座敷の丸窓を開けて
紅い芙蓉の花を眺めながら
毎日、本を読んで遊んでゐた
丁爺《ていぢー》が餅を搗いて持つて来て呉れた
己が飛行機の話をすると
ほんたうとは思はずに帰つて行つた
己は巻莨《シガー》を吹かしながら
村の子供等を集めて
庭の植込の中を歩き廻つて遊んだ
己は日暮方になると
裏の田甫《たんぼ》の中に立つて
バーンスの詩の純朴に微笑《ほほゑ》んでゐた
己は百年も二百年も
斯《かう》して生きてゐたいと思つた
[#2字下げ]二 篠藪[#「二 篠藪」は中見出し]
蝸牛《ででむし》よ
黙り腐つた蝸牛よ、渦を巻いてゐる蝸牛よ
何が恋しい
篠藪に
さら、さら、さらと雨が降る
夢現《ゆめうつつ》に
己は暮らした
蝸牛よ
己に悲しい
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