虹の橋
野口雨情

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)理由《わけ》が

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)三又|土筆《つくし》だわ

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(例)[#ここから2字下げ]
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  (一)

 ある山国に、美しい湖がありました。
 この湖には、昔から、いろいろな不思議なことがありました。青々と澄んだ水が急に濁つたり、風もないのに浪が立つたり、空が曇つて星のない晩でも、湖の中にはお星様が映つて見えることなぞもありました。それには何か深い理由《わけ》があるだらうと、村の人達は思つてゐましたが、湖の中におゐでになる水神様のほかには、誰も知りませんでした。
 いろいろ不思議なことがある中でも、わけても不思議なのは、この湖の上にかかる虹の橋でした。それは、ほかでは見られない綺麗な大きな虹でした。虹が出るたびに村の人達は、いつも湖の岸へ出て、その美しさに見とれて居るのでした。
 この湖に向ひ合つて、二つの村がありました。村の人達は、たいてい漁をしたり機《はた》を織つたりして、その日その日を平和に暮して居りました。
 さて、この湖の一方の村に、おたあちやんと、おきいちやんといふ、それはそれは仲のよい友達がありました。二人とも同じ歳の九つでした。
 二人は、姉妹《きやうだい》のやうに、いえいえ姉妹よりも、もつともつと仲よしでした。それに顔や姿までが、どことなく似てゐたものですから、村の人達は双児のやうだとよく云ひました。
 しかし、おたあちやんの家は、どちらかと云へば、村でも金持ちの方でしたが、おきいちやんの方は貧乏な家でした。また、おたあちやんには、本当のお父さんも、お母さんもありましたが、おきいちやんには、それがありませんでしたから、赤ン坊の時から伯父さんや伯母さんの手で、やしなはれて来たのでした。
 この平和な村にも春はおとづれて来ました。機屋《はたや》の窓にも、湖の上にも、陽炎《かげろふ》がゆらゆらと燃えはじめました。
 二人の仲よしは、芹だの、蓬《よもぎ》だのと、毎日のやうに、湖に沿ふて遠くまで摘み草に出掛ました。

  (二)

 ある日、二人の仲よしは、土筆《つくし》を採りに行くことになりました。おたあちやんのお母さんは、いつものやうに、二人にお弁当をこしらへてくれました。そして云ひました。
『土筆を採りに行つたら、気をつけておいでよ、三又土筆と云つて一つの茎から三つの土筆が出てゐるのがあるかも知れないからね。そんなのは滅多にないのだけど、ひよつとしたらあるかも知れないよ、昔から三又土筆を見つけた人は、出世すると云つてゐるから探して御覧』
 出世すると云はれて、二人の大《おほき》くみひらいた眼には、一層喜びの色があらはれました。

『わたし、なんだか三又土筆てのを見つけるやうな気がしてよ』とおたあちやんは行く途々《みちみち》云ひました。
『さう、わたしもそんな気がするわ』
 おきいちやんも負けん気になつて云ひました。
『ぢや、二人とも見つけるのね』
『そして二人共出世するのよ』
『オホホホオホホホ』
『オホホホオホホホ』
 二人はたわいもなく笑ひ興じながら村境を湖の方へ流れてゐる小川の堤《どて》へまゐりました。そこから二人は堤に添ふて、はしやぎながら土筆《つくし》を採つてゆきました。
 一丁ゆき、二丁ゆくうちに、いつの間にかだんまりになつて、先へ先へと土筆を採り採りゆきました。
 お昼頃になると、二人は堤の上へあがつてお弁当のお握飯《むすび》を出して食べました。
『三又土筆て、ほんとにあるのか知ら、おきいちやんどう思つて』
『わたしは、あると思ふわ』
『さう、わたしなんだか判らなくなつてよ』
『だつて、まだこれからだもの』
 お互に摘んだ土筆を見せ合つたりなんかして、又二人は摘みはじめました。
 さうして、日が余ツぽど西へ傾く頃までには二人の小さい籠は土筆で一杯になりましたが、見つけたいと思ふかんじんの三又土筆は見つかりませんでした。
 おたあちやんは、もう飽き飽きして『帰りませう、帰りませう』と云ひましたが、おきいちやんは『もう鳥渡《ちよつと》、もう鳥渡』と云つて矢張り摘んでゐました。
『わたし、もう草足《くたびれ》たんだもの』とおたあちやんは摘むことをやめて立つて見てゐました。すると、おきいちやんは、
『おたあちやん、あつてよ、あつてよ、ほら三又|土筆《つくし》だわ』と云つて、うれしさうに叫びました。

  (三)

 おきいちやんが見つけた三又土筆を見て、おたあちやんは
『まあ』と云つて、あとの言葉が出ませんでした。そして口惜さうな顔をして、おきいちやんの顔を見ました。おきいちやんは、あんまりのことに吃驚《びつくり》して、気
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