を失つたやうになりました。だつてこんなことは永い間に一度もなかつたんですもの。
 おたあちやんは
『わたしも探さう』と云つて、おきいちやんの前に立つてずんずんゆきました。おきいちやんは、おどおどしながら後からついてゆきました。おたあちやんは、いくら探しても三又土筆は見つかりませんでした。
 そのうちに日は、とつぷり暮れて了ひましたが、おたあちやんは帰らうとはしませんでした。
『おたあちやん、また明日来て探さない』
とおきいちやんが云ひましたが、返事もしませんでした。
 もう四辺《あたり》が薄暗くなつて、土筆も草も見分けがつかなくなりました。
 おたあちやんが、口惜さに泣きたくなるのを耐へてゐる様子を見ますと、おきいちやんは言葉がかけられませんでした。おたあちやんは、三又|土筆《つくし》が自分に見つからないで、おきいちやんに見つかつたことが口惜くて口惜くて、友達も仲よしもなくなつて了つたのでした。
 二人は、物も云はずに、薄暗くなつた堤《どて》の上を、とぼとぼと歩いて元来た途《みち》の方へ帰りました。
 おきいちやんは、もう嬉しくもなんともなくなつて、却つて三又土筆なんか見つけたことを後悔しました。いつそ、おたあちやんにあげて了はうかと思ひました。おたあちやんが、不図《ふと》見ますと、おきいちやんの提《さげ》てゐる籠の一番上に、憎い憎い三又土筆が載つてゐました。おたあちやんは、急に悪い気になつて、その三又土筆を掴むなり小川の中へ抛《はふ》り投げて了ひました。
『あらツ』と云つて驚いた途端《はづみ》におきいちやんは、ずるずると足を辷らして堤《どて》から小川の中へすべり落ちました。
 おたあちやんは、後も見ずに堤の上を駆け駆け一生懸命に家まで帰りました。お母さんは心配して表へ出て居ました。
『おきいちやんは、どうしたの』とお母さんから訊《き》かれたとき。
『前《さき》に帰つたんだわ』と云つて、なんにも知らない振りをしてゐました。

  (四)

 あくる日になつて、いつもかかさずに遊びに来るおきいちやんが来ませんでした。
『おまへ、おきいちやんと喧嘩でもしたんぢやないのかい』とお母さんは自分が云ひ出した三又土筆のことから、二人の仲よしが、仲の悪い悪い二人になつたとは知らずに訊きました。
『ううム』『ううム』とおたあちやんは頭を横に振つてゐました。
 そのあくる日も、そのあくる日も、おきいちやんは遊びに来ませんでした。
 お母さんは『喧嘩したんだらう』と幾度訊いても、そのたんびおたあちやんは、頭を横に振つてゐるばかりでした。
 そのうちに、おきいちやんが病気で寝てゐると云ふことを近所の人から聞きました。
 おたあちやんのお母さんは『見舞にいつておいで』と云つても、おたあちやんは、いつも気のない返事をして、却々《なかなか》行きさうにもしませんでした。
 おたあちやんは、今は、あの日のことが沁《し》み沁《じ》み後悔されて『悪いことをした』と心で思ふやうになりました。それがだんだん嵩[#「嵩」は底本では「蒿」]《たかま》つて来て濁つてゐたおたあちやんの心は、一日一日と澄んで来るやうになりました。おたあちやんは、三又|土筆《つくし》のことをお母さんに話して了《しまほ》ふかと思ひましたが、それでは却つてお母さんに心配をかけるだらうと、一人で胸をいためて居りました。
 幾日かたつうちに春もすぎて、夏が来ました。今年も湖の上に虹の橋のかかる頃となりました。

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今年も虹は
湖《こすゐ》の上さ
太鼓橋かけた

去年も虹は
湖の上さ
太鼓橋かけた

昔も 今も
湖の上さ
太鼓橋かけた

湖の上さ
百間幅の
太鼓橋かけた
[#ここで字下げ終わり]

 今日も、村の子供達は、湖の岸に立つて唄つて居りました。

  (五)

 それから、幾日かたつて、おたあちやんとおたあちやんのお母さんとが、おきいちやんの家の前を通りました。二人は吃驚《びつくり》しました。家には戸が締つてゐて、もう幾日も人の住んだやうな気配が見えませんでした。どうしたのかと思つて近所の人達に訊いて見ますと、おきいちやんの家は今から一月も前、湖の向ふの村へ越して行つたと云ふことでした。
 なほ、近所の人達の話によりますと、おきいちやんは、春からずつと病《わづら》つてゐましたが、近頃になつて、どうにか治つたかと思ふと、こんどは伯母さんが病《わづら》ふやうになりました。
 伯父さんは歳を老《と》つてゐるし、もともと貧乏な家ですから、どうすることも出来なくなつて、病みあがりのおきいちやんは、湖の向ふの村の機場《はたば》へ機織工女に売られることになつたのです。それと同時に伯父さん伯母さん達は、他《よそ》の村へ越して行つたと云ふことでした。
 おたあちやんのお母さんは『何んと云ふ
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