狐花咲いた
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 このあたりの田園には、赤い狐花がそちこちに咲いてゐた。

   半田烏に八木原狐

 坂東橋を越せば、有名な群馬県の模範村古巻村である。十数年前までは『半田烏に八木原狐』とうたはれたほど、淫靡極まる不良村であつたのが、現村長儘田氏の努力によつて今では全国でも有数の模範村となつたのである。儘田氏が今日までの努力は、涙なしでは聞かれぬ幾多の美談がある。村人が今二宮と称して儘田氏を尊敬してゐるのを見ても如何に実践実行の人格者であるかが想像される。童謡一篇。
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   ○
儘田村長さんは
鉄砲打つた

半田烏は
もうゐない

八木原狐も
もうゐない

儘田村長さんは
鉄砲打つた
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 やがて、渋川町へ着いた。大利根は渋川で二つにわかれて、一つは沼田方面へ、一つは草津方面へ、となる。私は草津方面へ利根の水源吾妻川にそふて渋川を立つた。いよいよ之からが私の書かうとする利根水源の探勝記である。民謡一篇。
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   ○
上州渋川
また来るまでは
おれが来たとは
話すなよ
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   長野街道の宿場

 越後街道は渋川で二つにわかれて一つは長野街道となる。長野街道は利根の支流吾妻川に沿ふて信濃路に入る唯一の川街道である。私は長野街道を吾妻川の水源にむかつて渋川を立つた。街道筋の宿場宿場には、馬車の立場や、古風な茶店や昔そのままのおもかげが残つてゐる。民謡四篇。
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   ◇
長野街道の
道真ン中で
馬がないてた
おれを見て
   ◇
長野街道の
しやんこしやんこ馬は
どこで生れた
馬だやら
   ◇
小石蹴つたら
茶店の前で
小石アたまげて
ころげてつた
   ◇
小石アたまげる
もうおら蹴らぬ
かかと眺めて
さうおもた
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   魚の棲めない川

 吾妻川は、吾妻郡の中央に連起してゐるけはしい山のふもとを奔流して大利根へ落ちてゆく。沼尻橋の展望や岩井洞の奇観や到る処に沢山の勝景がある。民謡一篇。
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   ◇
下へ下へと
早瀬の水は
なぜかいそいで
流れてる
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 草津温泉から渋川までおよそ十里間、吾妻川の流域には草津温泉の湯が流れて魚族は一つも棲んでゐない。私はこの
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