お母さまの静かな眠りを醒《さま》すことを恐れたのでした。
トム[#「トム」に傍点]ちやんが茅葺屋根の潜戸《くぐり》を開《あ》けると、遥に唱歌隊がこちらに近づいて来るのが見られました。向ふでもトム[#「トム」に傍点]ちやんを見つけました。
「やア、女王、女王」
少年隊《こどもたち》は駈け出しました。
少年少女《こどもたち》が近《ちかづ》くと、トム[#「トム」に傍点]ちやんは手を上げてこれを制しておいて、自分の方からダラダラ[#「ダラダラ」に傍点]坂を下の方へ駈けて行きました。
皆は皆熱心にトム[#「トム」に傍点]ちやんの顔を凝視《みつめ》て立ち停りました。後の方にゐた丈《せ》の小さい子供は、トム[#「トム」に傍点]ちやんの顔がよく見えないので、他人《ひと》の袖の下から顔を出したりなどしてゐました。
「トム[#「トム」に傍点]ちやん、これ貴女《あんた》の花輪よ」
とまづしげの[#「しげの」に傍点]さんが口を開きました。
「しげのさん、有りがたう。みなさん有りがたう……」
トム[#「トム」に傍点]ちやんはさう謂《い》つて眼をしばたたきました。
「先生悪い?」
年嵩《としかさ》な少年が声を低めてさう問へました。
「ええ。……」
「トム[#「トム」に傍点]ちやん、「女王」になれない?」
皆は心配げに尋ねました。
「……え、今年の「女王」はしげの[#「しげの」に傍点]さんにして頂戴、私はお母さんとこ離せないの……」
「そんなに悪い? 困るなア」
「……」
折から「夕べの祈りをせよ」と訓《おし》ふるようなお寺の鐘が、静かに静かに聞えてまゐりました。
「ゴオーン……」
と、重く沈んだその韻《ひびき》は、霧のやうに拡つて、森から村へ、村から野原へ、鐘はゆるやかに流れて行くのでした。
皆が顔を上げると、夕陽の輝きが野を辷《すべ》つて、この一団の少年少女の群を赤く照らしました。
底本:「日本の名随筆50 歌」作品社
1986(昭和61)年12月25日第1刷発行
1991(平成3)年9月1日第8刷発行
底本の親本:「定本 野口雨情 第六巻」未来社
1986(昭和61)年9月発行
入力:加藤恭子
校正:今井忠夫
2000年10月27日公開
2005年6月28日修正
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