やんと疾《とつく》に来るもの」
「みんなで行つてみよか」
「ウム、それ好いや。女王が居んぢや、ちつとも面白く無え」
「花輪が出来たんか」
「まだ野菊が足りねえ……トム[#「トム」に傍点]ちやん処へ行く前にみんなで野原へ寄《よつ》て行かう」
「ああ、それがいいや。行こ、行かう」
村の少年少女《こどもたち》は造りかけた山車《だし》や花笠や造花《つくりばな》をお宮の拝殿に蔵《しま》へ込んで、ゾロゾロ[#「ゾロゾロ」に傍点]と石の階段を野原の方へと降りて行くのでした。
「女王」といふのは毎歳《いつも》の村祭に、山車《だし》の上に乗《の》さつて花輪を捧げ持つ、子供達の王様を謂ふのでした。それは、毎歳少年少女が八幡宮の森に集つて人選をするのでしたが、「女王」になる者は第一品行が方正で、学科の出来がよくて、多くの少年少女《こどもたち》に信用が無ければなりませんでした。トム[#「トム」に傍点]ちやんが女王に選《えらば》れてからもう今年で三年、村の少年少女は毎年の秋を何の相談もなく「女王」をトム[#「トム」に傍点]ちやんに決めて居るのでした。「女王」は少年少女にとつて無上の名誉でした。またその親達の身にとつても可なりに強い喜びでした。
「女王」に贈る花輪は、少年少女《こどもたち》が皆で野の草花を採り集めて造る約束でした。野原に行くと、野菊や藤袴や、みやこ草や、みそはぎやが錦絵のやうに咲き乱れてゐるのでした。まめ菊[#「まめ菊」に傍点]の大輪を見つけ出して高く捧げて喜ぶ少年《こども》など、野は秋のよろこびに満ち充ちてゐました。
花輪が出来上ると、トム[#「トム」に傍点]ちやんと仲よしのしげの[#「しげの」に傍点]さんがそれを持つ、そしてそれを取り巻く皆が「愛の歌」を合唱《コーラス》しながらトム[#「トム」に傍点]ちやんのお家の方へ繰り出すのでした。
トム[#「トム」に傍点]ちやんが、窶《やつ》れたお母さまの、いまスヤスヤ[#「スヤスヤ」に傍点]と眠つた枕辺《まくらもと》に、静かにお坐りしてゐる時に、遠くから少年少女のコウラスが聞えてきました。
「あ、友達《みなさん》だわ」
トム[#「トム」に傍点]ちやんはさう言つて、静かにお母さまの枕許を抜足しました。トム[#「トム」に傍点]ちやんは、村の少年少女が、花輪を持つて自分を迎へに来たことが解つたのでした。で、子供達の騒《さわぎ》が、
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