るべき所と思はれない。そのうちに小国氏は五合位はいつた酒瓶を下げてやつて来た、私は啄木の越し祝ひの心で豚肉を三十銭ばかり買つて持つて行つた。日は暮れてゐる、薄寒い風も吹いてゐた。小国氏は歩きながら、
『君の紹介で彼(啄木のこと)を社長に周旋したが、函館から三人も後を追つて家族が来るとは判らなかつた、社長からは女や子供は連れて行けと叱られるし、僕も困つて彼に話すと彼も行くところが無いと言ふし、やつと一月八十銭の割で荷馬車曳きの納屋を借りた、彼は諦めてゐるからいいやうなものの、三人の家族達は可哀想なもんだな』と南部弁で語つた。
籔の中の細い道をあつちへ曲りこつちへ曲り小国氏の案内で漸く啄木の所へ着いた。行つて見ると納屋でなく廐《うまや》である。馬がゐないので厩の屋根裏へ板をならべた藁置き場であつた。
隣りが荷馬車曳の家《うち》でこの広い野ツ原の籔の中には他に家はない、啄木は私達を待つて表へ出て道ツ端に立つてゐた、腰の曲つたお母さんも赤ん坊の京子ちやんを抱いた妻君の節子さんも一緒に立つてゐた。廐の屋根裏には野梯子が掛つてゐる、薄暗い中を啄木は、『危険《あぶな》いから、危険いから』と言ひな
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