[#1字下げ]川しぶき[#「川しぶき」は中見出し]

さつさ行きましよ
あの山越えて
花は咲けども
ふるさとの
月はおぼろに
川しぶき

さつさ行きましよ
あの川越えて
花は散れども
ふるさとの
月はなつかし
川しぶき


[#1字下げ]有明お月さん[#「有明お月さん」は中見出し]

昔の あなたと
違ふから
この頃 わたしは
つらくてよ

どうすりや わたしは
いいのだらう
昨夜《ゆうべ》も 一晩
泣いたのよ

昔のあなたに
しておくれ
有明お月さん
たのんだよ


[#1字下げ]うづまき[#「うづまき」は中見出し]

河原に立つて
利根川の
水の青いを見てゐると
胸に涙が湧いて来た

河原の岸に
ぐるぐると
小さい渦が
まいてゐる

手をとり合うて
恋人と
あるいて見たい
気さへする

小さい渦に
ぐるぐると
まかれてみたい
気さへする。


[#1字下げ]熱い涙[#「熱い涙」は中見出し]

もぬけの 殻の
わが恋よ

この世は 旅の
空蝉《うつせみ》か

永い 月日は
夢の間に

熱い 涙よ
胸の火よ


[#1字下げ]両国のあたり[#「両国のあたり」は中見出し]

両国の橋を渡つて
ゆきました

十八か 十九位の
女です

『口入業』と書いてある
路次の出口で あひました

髪の毛の 房々とした
女です


[#1字下げ]角豆畑[#「角豆畑」は中見出し]

山で別れた子に逢はず
子ゆゑ吾妻《あづま》の鶯は角豆畑《ささげばたけ》に啼いてゐる

きのふ榊の木の枝に
笹の枯葉に眼を衝いて父《とと》よ父よと鳥がゐた

けふも榊の木の枝に
笹の枯葉に眼を衝いて母よ母よと鳥がゐた

山でわかれた子に逢はず
風のふくのに鶯は角豆畑に啼いてゐる


[#1字下げ]櫛[#「櫛」は中見出し]

裏の川端の
さらさら蓬

思ひ返して
みる気はないか

今朝《けさ》も 裏戸に
櫛が落ちてゐた

通つて来たのか
可哀想なものだ


[#1字下げ]砂の上[#「砂の上」は中見出し]

砂に 字を書いた
別れと
書いた

永い別れと
思へと
書いた

書いた字を見て
足で砂
踏んで

ざくり ざくりと
涙で
踏んだ


[#1字下げ]そのころ[#「そのころ」は中見出し]

枯れた草さへ
昨日の――夢を
夢をよ――

うつらうつらと
繰り返してる
夢をよ――

冬の月さへ
昔の――夢を
夢をよ――

うつらうつらと
繰り返してる
夢をよ――

夢だ 夢だと
わたしも――思た
思たよ――

うつらうつらと
つくづく――思た
思たよ――


[#1字下げ]十七花[#「十七花」は中見出し]

川の向ふの
十七花よ
辛いだらうが
赤く咲いてお呉れ

情なからうが
十七花よ
川の向ふで
赤く咲いてお呉れ

赤く 燃えるやうに
十七花よ
辛いだらうが
赤く咲いてお呉れ


[#1字下げ]見はてぬ夢[#「見はてぬ夢」は中見出し]

恋人と ゆうべ別れた
停車場を
今朝《けさ》は 一人で
あるいてる

乗り降りの 人の往き来を
眺めたり
そちら こちらと
あるいてる

なつかしき 見はてぬ夢に
そそられて
今朝は一人で
来たであろ


[#1字下げ]煙草の花[#「煙草の花」は中見出し]

お蔦嫁さま
煙草の花は
元《もと》の男の 畑に咲いた

お蔦嫁さま
もう 諦めた
何にも縁だと もう諦めた

切れた障子の
穴から見たら
後向きして糸繰りしてる


[#1字下げ]傘の下[#「傘の下」は中見出し]

どこで生れた
安来《やすき》の 町かよ
雨の降る日に
生れたのかよ

聞いてください
十七頃は
いつも涙で
しめつてゐるのし

それが聞きたい
傘《からかさ》の下《した》で
雨の降る日に
生れたのかよ


[#1字下げ]鴫[#「鴫」は中見出し]

田は枯れて 了つたし
どこも ここも
寒い風が吹いてゐる

日暮方になると 田甫の中で
すイ すイと
鴫が 啼いてゐた

おもよは 赤い花|簪《かんざし》をさして
家の前に
出て見てゐた

細い声で 鴫は
すイ すイと
啼いてゐる

おもよの 心も
初恋に
すイ すイとしてゐた

田は枯れて了つたし
どこも ここも
寒い風が吹いてゐる


[#1字下げ]たそがれ[#「たそがれ」は中見出し]

蘭菊の花はさびしい
川越の
 「小料理店」と書いてある

 「小料理店」と書いてある
蘭菊の
花はさびしい 一夜妻《いちよづま》

たそがれ頃に とぼされる
川越の
鼠鳴きしてゐた女
[#改段]

錆[#「錆」は大見出し]

[#1字下げ]錆[#「錆」は中見出し]

窓の格子に よりかかり
 「いつまた来るの」と
泣く女

錆《さび》た庖丁の かなしくも
 「はかない身だよ」と
さうか知ら

ただ明け易い 夏の夜の
街はあかるい
青すだ
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