磨《と》いでも磨いでも 庖丁の
錆は磨いても
さうか知ら


[#1字下げ]帰らぬ人[#「帰らぬ人」は中見出し]

川の向ふで
水鶏が 啼いた

帰りやんせ
帰りやんせ

月も おぼろに
河原さ出てる

きつと忘れて
ゐるんだよ


[#1字下げ]片恋[#「片恋」は中見出し]

恋しくて
裏へ出て見りや
青い空

はかない
わたしの
片恋よ

はかない
わたしに
何故《なぜ》したの

荒海のやうな
こころに
何故したの


[#1字下げ]蚯蚓の唄[#「蚯蚓の唄」は中見出し]

「わたしも一緒に連れてつてお呉れ」とおみつは
一緒にゆく気になつてゐる

夜は
しんしんと更《ふ》けていつた

「わたしや もう 着物も帯もいらない」と男の胸に
顔をあててしくしく泣いてゐる

厩の背戸で かなしさうに
蚯蚓《みみづ》は唄を うたつてゐた


[#1字下げ]畑の土[#「畑の土」は中見出し]

おつた 聟さま
つまらなささうに
背戸の畑で 種蒔きしてる

可愛女があるではないし
おつた一人を
たよりにしてた

なんのつもりだ 畑の土は
今日も燥《はしや》いで
ぽさりとしてる


[#1字下げ]昼顔[#「昼顔」は中見出し]

他愛なく 花は咲き
他愛なく
花はしぼむ

かなしくはないの
娘等よ
渚の岸の 沙原に
昼顔の花は
しぼみゆく

なんと云ふさびしさだらう
娘等よ


[#1字下げ]指輪[#「指輪」は中見出し]

わたしかはいなら
指輪買つてお呉れ

指輪なしでは
手がさむしいわ

指輪買つてやろ
指輪買つて送ろ

帯も買つてやろ
足袋も買つて送ろ

わたしかはいなら
下駄も買つてお呉れ

下駄も買つてやろ
日和《ひより》下駄送ろ


[#1字下げ]憎い女[#「憎い女」は中見出し]

空吹く風だと
思はりよか

憎いことした
をんなごを

わすれようとて
わすられず

たたいてやりたい
このこころ


[#1字下げ]月影[#「月影」は中見出し]

薄桃色の
ハンカチを
ぢつと見つめて
泣いてゐる

窓の硝子に
さす月も
おぼろ月夜で
青いこと

薄桃色の
ハンカチに
なにか書かれて
あるか知ら


[#1字下げ]更けゆく夜[#「更けゆく夜」は中見出し]

絹のシヨールに
冬の夜の
ほのかに 青い
月がさす

ほのかに ほのかに
かなしくて
熱い 涙が
落ちて来る

わたしは この世の
すたれ者
君ゆゑ わたしは
すたれ者

ほのかに ほのかに
かなしくて
熱い 涙が
落ちて来る


[#1字下げ]昔の月[#「昔の月」は中見出し]

お前と逢うた
武蔵野に
青い 昔の 月が出た

お前も 見たろ
武蔵野の
畑の中に家が建つ

畑の 中の 夕雲雀
もう おれは
故郷《くに》へ 帰るぞよ


[#1字下げ]馬鈴薯[#「馬鈴薯」は中見出し]

白い花咲く
馬鈴薯《じやがたらいも》よ

月の出た夜は
畑の中で

月のない夜は
馬鈴薯よ

どうか誰にも
言はずにお呉れ


[#1字下げ]霜夜[#「霜夜」は中見出し]

ギターで 唄ひませうよ
わかれの歌を
共に 涙で
唄ひませうよ

寒い 霜夜の
霜枯れ空に
お星さまさへ
ふるへて見える

さあさ唄ひませうよ
涙で共に
君とわかれの
かなしい歌を。


[#1字下げ]新開田[#「新開田」は中見出し]

今朝も 鶉が
 新開田で
   啼いた

鶉恋しい
 畑の鶉

可愛男の
 新開田で
   啼いた。


[#1字下げ]梭の音[#「梭の音」は中見出し]

矢車草の 咲く村で
日の暮れ頃だと思やんせ

トントン カラリと
梭の音
トントン カラリと
梭の音

矢車草の 咲く村で
糸より細いと思やんせ

トントン トロリと
唄の朝
トントン トロリと
唄の朝。


[#1字下げ]裏戸の音[#「裏戸の音」は中見出し]

夜の夜中に
裏戸を叩く

ことんことんと
ときたま叩く

今夜来るとの
たよりはないが

可愛男じや
ないか知ら。


[#1字下げ]甚吾さん[#「甚吾さん」は中見出し]

枝垂れ 柳の
謎ばかりかける

わたしや 恥かし
甚吾さんの謎が

何んで 解かれませう
甚吾さんの謎を

あれさ 甚吾さんよ
かけずにお呉れ


[#1字下げ]夢[#「夢」は中見出し]

昨夜《ゆうべ》 夢見た
喜蔵さんの夢を

ゆかし なつかし
一晩中見てた

去年 喜蔵さんに
手の甲 引つかかれた

うつら うつらと
その夢を見てた


[#1字下げ]胸の糸[#「胸の糸」は中見出し]

妻となり 妻と云はれて
年月を
すごして来たに
なぜか知ら

今日も 解けない
胸の糸
誰かに引かれて
ゐるのだろ

机の下に 紫の
インキで書いた
用箋が
二つに裂かれて落ちてゐた

誰に たよりを
出しただろ
誰に たよ
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