大見出し]

沖は時雨よ
  渚は雨よ

船は出船か
  みち汐か

汐はみち汐
  港の船よ

時雨|交《まじ》りの
  風が吹く


[#1字下げ]鵯が来る[#「鵯が来る」は大見出し]

藪の中に 椿の花の
咲く頃は
 鵯《ひよどり》が来る 鵯が来る

森の家のわれは少女《をとめ》ぞ
鵯よ
 今日も来て 明日も来て啼け

椿の花よ その花の
花の紅《あか》さよ
 鵯が来る 鵯が来る


[#1字下げ]ゆうかげ草[#「ゆうかげ草」は大見出し]

ゆふかげ草《さう》の
   咲く浜に
海の上から
   月が出る

ゆふかげ草に
   ゆふぐれの
露は次第に
   しげくなる

ゆふかげ草の
   花さへも
ゆふべの露の
   中に咲く


[#1字下げ]青い月夜[#「青い月夜」は大見出し]

いととの虫よ
   今夜は月夜だ

土蔵の蔭で
   細い糸ひけよ 糸ひけよ

どの家の屋根も
   青い青い 月夜だ


[#1字下げ]機織り唄[#「機織り唄」は大見出し]

[#2字下げ]一[#「一」は中見出し]

十九 二十《はたち》は
昔の夢さ
  トンパタ  トンパタ
    トン トン パタ パタ

三十すぎても
機織り姿
  トンパタ トンパタ
    トン トン パタ パタ

可哀想とは
わたしのことよ
  トンパタ トンパタ
    トン トン パタ パタ

ついてゆくぞへ
どこまでも
  トンパタ トンパタ
    トン トン パタ パタ

[#2字下げ]二[#「二」は中見出し]

可愛がるとの
 一言《ひとこと》たのむ
  トンパタ トンパタ
    トン トン パタ パタ

どこで暮らそと
野山に寝よと
  トンパタ トンパタ
    トン トン パタ パタ

三十すぎても
心は二十
  トンパタ トンパタ
    トン トン パタ パタ

ついてゆくぞへ
どこまでも
  トンパタ トンパタ
    トン トン パタ パタ

[#2字下げ]三[#「三」は中見出し]

梭《をさ》の糸さへ
引かれりや靡く
  トンパタ トンパタ
    トン トン パタ パタ

誰も引かなきや
懸橋なけりや
  トンパタ トンパタ
    トン トン パタ パタ

三十すぎても
花嫁さまさ
  トンパタ トンパタ
    トン トン パタ パタ

ついてゆくぞへ
どこまでも
  トンパタ トンパタ
    トン トン パタ パタ


[#1字下げ]薄水色[#「薄水色」は大見出し]

足が向いた 向いた
銀座の方へ

赤い銀座の
カフエーの酒よ

可愛|竪絽《たてろ》の
薄水色《うすみづいろ》よ

足の軽いこと
この軽いこと


[#1字下げ]米山小唄[#「米山小唄」は大見出し]

思ひつめたぞ
  米山《よねやま》さまよ

生きて暮らそと
  恋路で死のと

わしの心も
  こうなりや闇ぢや

どこで照る日も
  照る日は同じ

故郷《くに》も捨てたぞ
  この土地去るぞ


[#1字下げ]旅の身ぢやとて[#「旅の身ぢやとて」は大見出し]

旅の身ぢやとて
  さうぢやとて

 明日はわかれて
    ゆく気かい

たづねて来《こ》よとて
   さうぢやとて

  このままわかれて
     ゆく気かい

待つてて呉れとて
   さうぢやとて

   どうでもわかれて
       ゆく気かい


[#1字下げ]上州街道[#「上州街道」は大見出し]

上州街道は
  春の日が永い

ホイサホイサと
  繋《つな》ぎ馬 通る

唄の声やら
  茶店《ちやみせ》の茶やら

ハラリハラリと
  まだ日は高い


[#1字下げ]焦土の帝都[#「焦土の帝都」は大見出し]
[#ここから4字下げ]
大正十二年九月一日、大震災につぎて大火災おこり帝都の大半焦土となる。
[#ここで字下げ終わり]

[#2字下げ]一[#「一」は中見出し]

焼野原見りや
涙が落ちる 落ちるよ

  火攻め 火の海
  火の地獄 地獄よ

[#2字下げ]二[#「二」は中見出し]

ただの一夜《いちや》で焼野の原と
なろと思ほか 思はりよか

  なろと思ほか
  火の地獄 地獄よ

[#2字下げ]三[#「三」は中見出し]

焼野原なら
雉子《きぎす》も啼こに 啼こによ

  泣くは火攻めの
  人の群れ 人の群れ

[#2字下げ]四[#「四」は中見出し]

親は子を呼び
子は親呼んで 呼んでよ

  声は渦巻く
  焔は狂ふ 狂ふよ

[#2字下げ]五[#「五」は中見出し]

これが都の
昨日《きのふ》のすがた すがたよ

  生きて火攻めは
  この世の地獄 地獄よ



底本:「定本 野口雨情 第一巻」未来社
   1985(昭和60)年11月20日第1版第1刷発行
底本の親本:「極楽とんぼ」黒潮社
   1924(大正13)年1月13日刊
初出:但馬山国「曠野」
   1924(大正13)年5月
   暴風の夜「若き文化」
   1922(大正11)年5月
   難波の鴎「婦人世界」
   1923(大正12)年6月
   若葉の月「詩人倶楽部」
   1923(大正12)年6月
   かなしい海「婦人世界」
   1923(大正12)年8月
   ジプシーの歌(原題 ジプシーの唄)「かなりや」
   1922(大正11)年3月
   芒の蔭(原題 迷ひ子さがしの唄)「現代」
   1921(大正10)年11月
   すさみ心(原題 うんと飲みませうか)「かなりや」
   1922(大正11)年3月
   黒のソフトさん「かなりや」
   1921(大正10)年12月
   お三大星さま「婦人世界」
   1923(大正12)年11月
   佐渡が島「金の星」
   1923(大正12)年9月
   出船(原題 沖は時雨か)「雄弁」
   1923(大正12)年9月
   鵯が来る「婦人倶楽部」
   1924(大正13)年1月
   青い月夜「愛唱」
   1923(大正12)年6月
   焦土の帝都「現代」
   1923(大正12)年10月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:川山隆
校正:noriko saito
2010年4月18日作成
青空文庫作成ファイル:
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