て、學問もあり、地位もあり、才徳もあるものに授けてゐたのである、それが中古以來代々の家柄にやるやうになつたが、其家柄の内でも其才があり、其學問のあるものにやるのが正しき政道である、勳功があるからと言つて政治の事を知らない武人などに政治をやらせるのは大いなる間違である、つまり今日で言へば軍閥反對です(笑聲起る)。さう云ふ立派な見識を持つて居つたが、一面又却々新らしい運動もやつたものであります。勿論是は後醍醐天皇の思召でもありましたが、一體官職といふものは文武の道二なるべからず、公家が武職にも任ずるのが昔の法だとあつて、親房の子は多く武事に從ひ、自分も東國に在つて、戰爭をもした人でありました、さういふ風な却々面白い經綸を持つて居りました。併し日本全體の事では日本國家の根本は動かすべからざるものだとして、而も其動かない所が日本の尊い所だ、そこに日本といふものは天竺とか、支那とかいふものと異つた日本獨立の經綸もあり、日本獨立の社會組織もあり、日本獨立の學問思想もあるのだと斯う考へたのであつて、親房は殆ど當時の代表的の人物と言つていゝ、又一人で其當時の思想を代表して居つたと言つてもいゝのです。況んや後醍醐天皇其他の人々が皆さういふやうな考を持て居られたのですから猶更のことです。それで支那の學問の中で、それに適當した宋學を輸入したのであります、そして銘々の頭で古い本を解釋して從來の傳統的の學問には滿足しないといふ所から宋學が入つたのであります。この根本は單に宋學といふやうな支那のものに感服したのではなく、すでに日本の思想といふものを獨立的に打ち立てよう、文化的獨立をしようといふ考が暗々裡に動いて居つたので、それでさういふことが大いに用ゐられるやうになつたのであらうと思ひます。これが日本の文化に重大なる關係を持つて居るのであります。
併しすべて平和で來た時代のみが文化の盛んになる時ではありませぬ。引續き足利時代となり、其中頃から戰國となつて、文化の上においても殆ど暗黒時代を現はしたが、其間に自然に獨立思想がだん/\行亙つて、さうして日本は神國であつて日本は特別な國體だといふことが、この暗黒時代において一般に浸みわたるやうになつて來たのであります。此事は私が應仁の亂のお話をした際に、皇室が衰微して其の極に達して居る時、皇室中心の思想が足利の末半分ばかりの時において一般に行亙つたといふ事を申しましたが、龜山、後宇多天皇頃から南北朝の始めに起つた所の新思想は、足利時代の暗黒時代を經ても其思想は決して消滅しなかつたやうであります。古い文化は足利時代に滅亡しましたが、新たに起つた所の思想はどこまでも一貫して、それが到頭徳川時代まで來たのであります。徳川時代になるといふと、外國の學問をする人でも、日本を中心に考へる思想が非常に盛んでありまして、それが詰り明治維新、今日の日本を形造る根本になつたのであります。是が非常に重大なることで、しかも大覺寺統の後宇多天皇、後醍醐天皇と密接なる關係を持つて居るのであります。それで南朝が正統とか大覺寺の興隆とかいふことを別としても、私共の考へる所では、ともかくさういふ機運が動き、さういふ機運に相當する龜山、後宇多、後醍醐三代の天皇、或は北朝の花園院の如き名君がだん/″\世の中に出られたので、自然公家の中にもさういふ人が出たのだと思ひます。さうしてその以前から武家といふやうな下層から頭を持ち上げて來たものが、自然に日本の社會組織を改革して行つたのであり、詰り極く官職の低い者が日本の權力を執るといふやうな時代が出來てあつたのでありますが、最後に殘つて居つた皇室とか公家とかにも革新機運が行亙つて來たのが、丁度此時代であります。さうして是は不思議にも大覺寺統即ち南朝といふやうなものと關係を持ちまして、後宇多天皇の復古思想から、次には其延長である所の日本中心思想といふものになつて、さうして日本文化獨立の根本をこゝに築き上げたのであります。このことは私の國史に對する淺い智識で考へましても、多少の材料を以て證據立てることが出來るのであります、それで此の機會において斯ういふお話をしたのであります。
所が面白いことはこゝに一つの著しい事件を生じて來たのです、丁度南北朝の中ごろ以後南朝はよほど衰微して居つたが、兎に角皇子方が東西にお働きになつて、東には宗良親王、西には懷良親王が征西將軍として九州にお出でになつた。其時代に支那では元明の革命があつて、蒙古が亡びて明が起つた。その時に明の使者が九州に到着したが、支那人の書いたものによると、其時征西將軍は自分が日本の國王だと言つて支那の使節に應對した、處が支那の使者は京都に又持明院統の天子があることを聞いて、そこへも使者をやつたといふ事が書いてありますが、とにかく其時支那では日本國王の不恭を
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