前の志賀島にて發見されたのであるが、之は尚後代に於いて足利氏が受けて居つた日本國王の印を大内氏が預つて居つて明に交通した事から思ひ併すれば不思議はないので、三國志の倭人傳にも博多の地方に倭王の宰領たるべき職務の者が控へて居つて輸出入の貿易品の審査をすることを云うてをり、此の三國志の倭人傳はたぶん魏略に依つて書かれ、魏略は後漢以來三國の前半期までの記事であるから、後漢の時に於いてやはり同樣の状態であつたと云ふことが推測され、即ち大和に統一した朝廷があつて、其の派遣官即ち後世の太宰府同樣のものが筑紫に出張して、それが海外交通の文書を司つて居たので、併せて國王の印をも預つて居つたと解釋するが至當である。兎も角此の時は既に日本の西半部を統一した國家が出來て居るので、其の國土が相當に大きくあり、文化も既に相當に進んでをつたので、漢の之に對する待遇も頗る鄭重で、其の國王印の如きも海外の大國に與へる形式のものを與へて居つたのである。たぶん後漢の初、日本の統一した國家の發端とも見るべき此の時代には、日本の西半部より朝鮮の南部までかけて領有してをり、當時に於いて已に三韓の未だ國家の形をなさゞる諸部落に對しては大なる威力であつたのに相違ない。それは日本の傳説的の歴史に於いて何の時代に當るかは充分に明でないけれども、寧ろ此の頃を以て日本の開國の紀元と略ぼ定める方が正當ではないかと思ふ。
 それから後七八十年にして、日本に於いては崇神天皇の頃、即ち後漢に於いては桓帝靈帝の間に内亂があつたと云ふのが本で、所謂卑彌呼時代を來した。これは自分が嘗て考へた如く、日本に於いては倭姫が天照大神の御靈を奉じて諸國の土豪から領土人民を寄附させて統一の基礎を固めた時に當ると思ふ。兎も角後漢以後の交通は餘程頻繁なものであつて、其の時代に於ける支那の鏡鑑は至る所の古墳に發見せられ、而して支那に於いても各時期に亙る所の形式を、我が古墳出土の鏡鑑に於いて殆んど悉く具備してをると云うてよい位である。殊にその頃からして既に支那式模製の日本鏡鑑の發達を促し、銅鉾等に於いても盛に日本製のものを出す樣になり、古墳の構造は益發達して支那石造※[#「土へん+專」、第3水準1−15−59]造家屋を模した所の棺槨さへも具へる樣になつて來て、これから以後六朝にかけては、古墳から出る遺物としては、鏡鑑の如き當時の信仰に關係ありと認めらるゝものゝ外、玉石器に於いても漢代に盛であつた玉器の模製と思はるゝもの益多く、殊に又支那地方の生産品で、恐らく日本人の愛好するが爲に特別に製造して輸入したらしく思はるゝ琅※[#「王+干」、第3水準1−87−83]の勾玉等を見、甲冑、馬具、刀劍、沓等の類に至つては、支那に於いても後漢から六朝にかけて最も進歩した工藝になつた鍍金の精巧なるものを多く發見し、是等に附着し又は鏡鑑を包み等した痕迹等から考へて、支那の絹布が盛に輸入せられたことも考へられ、當時恐らく日本人は之を以て和栲と稱して居つたかと思はるゝので、斯の如き美しく綺羅びやかな遺物は、西は九州より東は兩毛奧州の南部に及んで居り、又斯くの如き古墳の決して少なからざる實蹟から考へると、當時日本の生活状態と云ふものは、部曲民、賤民等の如き低級の者は、或は單に荒栲、即ち木の皮の纖維等より作られた今日のアイヌの厚子《アツシ》の如きものを服し、少しく上等な所で麻苧類の服を着て居つたに過ぎないであらうけれども、當時少なくも、殆んど後世の一郡平均に一家か二家までもあつたと思はれる地方貴族等は、皆支那輸入の絹帛を服し、鍍金の甲冑を着し、金覆輪の馬具を置き、刀環の着いた刀劍を帶び、頗る豪奢の生活をして居つたと思はるゝので、勿論大和朝廷等は當時よりして既に高句麗夫餘等の王にも寧ろ過ぎても及ばざることなき立派な生活をして居られたらしく考へられる。日本の古代史の考證家若しくば畫家等が、やゝもすれば古代の帝王其の他の生活を畫くに、無闇に簡朴なる状態に之を表現するけれども、是等は全く誤りであつて、存外支那の王侯と餘り異ならない生活をなし得たものと考へられる。必要上書契こそ自ら使用しないけれども、其等は歸化人の通譯官の家柄の者に任せて居つたので、其の他の點に於いては其の生活に於いても、思想に於いても、やがて聖徳太子の如き偉人を産出すべき素養は久しき以前より段々に具へつゝあつたのであると思ふ。それで後漢以後六朝時代の交通は、書契を自ら司らざる爲に、名分と云ふ觀念が充分に發達しなかつたのであるが、其の他の國内に於ける統治の機關、或は海外貿易を取締るべき機關として歸化人の史等を使用し、それ等が漸次に記録を造りつゝあつたと云ふことは、即ち聖徳太子時代に於て國史編纂をなすべき基礎になつたので、聖徳太子は其の上に外國に對する名分の觀念を明白にして、從來通譯官
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