それで前漢末までに其の效果が段々現れて來て、他の部分の例は暫く置くが、支那の東北に當る地方に於て、既に夫餘國の出現を見、又王莽時代に於いては高句麗國の出現を見たが、多分※[#「さんずい+歳」、第3水準1−87−24]國なども其の當時に於いて形造られつゝあつたに相違ない。朝鮮南部に於ける倭民族及び韓民族は當時猶數十の部落に分れて居つた樣であるけれども、後漢に至つて馬韓、辰韓等は漸く統一に傾ける事がわかる。漢書地理志の云ふ所に依れば、最初是等の國々は、皆住民は土着民族で、其の統治者は漢人であつて、高句麗若しくは三韓の一部分の如きは、明かに漢の郡縣と認められて居る土地に、既に土着民族中に、一種の統治者を出したので、王莽時代の高句麗侯、漢の封爵を受けて居る※[#「さんずい+歳」、第3水準1−87−24]王等は即ち其の實例である。斯の如き状勢は、當時に於いて日本にも波及しないとは想像し得られない。但し日本は海外にあつたが爲め、漢書にも樂浪の海中に倭人あることを説いて居つて、高句麗、※[#「さんずい+歳」、第3水準1−87−24]、韓諸國の如く、漢の郡縣となつたのではないけれども、已に朝鮮の海上を傳つて來た支那の植民は、日本にも絶えず入込んで來たので、茲に最初の交通が開け、而して倭人百餘國が漢に交通すると云ふことになつて來た。勿論此の前に戰國の末に既に倭國と燕との關係があつたらしいのであるけれども、其の交通の状態が明白になつて來たのは、やはり漢の武帝が朝鮮を郡縣にした以後の事であるに相違ない。支那の記録に依れば、此の時代の倭國の状態は、百餘國と云ふが如く、單に部落的の生活を營んで居つて、明白に統一された形迹が不明である。此の倭國と云ふものは少くとも日本の西半部全體を意味するものであつて、單に倭人を九州に居つた民族、或は更に限つて隼人種族と云ふが如き見解は、矢張本國中心主義の偏見として、自分の取らない所である。その當時の交通の實蹟は、近來の發掘物等に依つて益明確になりつゝあるので、現に九州の北部、大和等に於いて前漢時代の形式と認めらるゝ古鏡等を發見し、又九州北部に於て、其の形式の古鏡と共に存在した銅鉾銅劍が、中國、四國、紀州邊までに於て發見さるゝ所を見、殊に王莽鏡と云はるゝものが美濃に發見され、王莽の貨泉が丹後、筑後等に發見せらるゝ所を見ると、朝鮮の南部から一方は對馬壹岐を傳つて九州北部から瀬戸内に入り、或は又事に依ると四國の南方の海流に依つて紀伊に達し、一方は山陰を傳つて越前地方まで達し、それが然るべき港々から段々内地に入つて來て、例へば但馬邊から中國を横斷して瀬戸内に入るもあり、越前から近江を經て畿内に入るもあり、又美濃から東海に出るもあり、至るところ支那の文化を齎らせることが分明し、殊に今日で最も歴史上の疑問とせらるゝ銅鐸はやはり支那文化の傳來と重大なる關係を有するに違ひないが(此の事に就ては別に自分の意見を發表する機會あるべし)その分布の迹は近來に至つてます/\明瞭になつて來た。恐らく戰國の末から前漢までにかけて、即ち支那に於ては周代の文化の系統を受けたる銅鐸と、漢代の文化を代表する鏡鑑とに依つて、其の長い間引續き日本に染み込んで來た支那文化が、部落的生活を營める土着民族をして、段々に統一に赴かしめる樣になつて來て、殊に銅鐸などに於ては古くから支那製のものばかりでなく、支那製に傚うて新たに日本の地方色を加へた所の遺物が多數發見さるゝところから見ると、統一したる國家を形造る前に、已に文化に於いて多少の獨立を示して居るものであつて、それが恐らく王莽時代位に於て、即ち對岸の朝鮮滿洲等の大陸諸民族等も、漢の壓力の衰へたるを機會として、獨立の形を成せる如く、日本の島國に於いても同時に統一したる國家を形造る運命にまで進んだものではなからうかと思はれる。
 そこで後漢の初めたる建武中元二年に支那に交通した統一的國家の首領は即ち委奴國王の封號を受け、漢の印綬を領するに至つたものと思はれる。此の委奴國王は從來は色々に解釋したが、やはり倭國の倭の字と同じ言葉に當てたに相違ないのであつて、昔法隆寺に藏せられ、現今にては御物となつてをる聖徳太子の法華經疏は、其の本文は六朝風の書であつて其の表題は稍時代が遲れてをるとは云ひながら、恐らく白鳳期を降るものではないが、其の表題に大委國上宮太子と書いてをる所を見ると、委と倭と同樣に用ひ、同じく大和の音に當つるものであつて、傳統的に太子時代の前後迄用ひられて居つたことが明白であるから、初めて漢に交通した委奴國なるものも、多分太子時代には大和の朝廷と解釋されてをつたに相違ない。此の最初の解釋を、本國中心主義の國史家に依つて從來故なく曲解されて來てをつたのは自分は斷然不當だと考へる。それから又此の委奴國王の印と云ふのが筑
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