は、商の玄鳥墮卵の話、周の姜※[#「女+原」、読みは「げん」、第3水準1−15−90]が巨人の足跡を履む話などの如き原始的トーテミズム的の説話とは異なつて、本來は一種のトーテムであつたとしても、全體の國土開闢者として考へられるまで發達した點は、已に歴史的思想によつて構成されつつあることを示すものであります。
第三は、私は之を縁起譚と申して居りますが、縁起譚に現はれる所の歴史思想であります。この縁起譚といふものは、何處の國でも古い歴史、物語、記録には皆あるのでありまして、日本などでも、日本紀や何かの古い歴史には縁起譚が非常に多いのです。殊に風土記といふやうなものは、全部縁起譚で出來てゐると言つて宜しいのでありますが、この日本紀などの縁起譚には、よく其の事實を書きまして、これは世の人がかういふ風に傳えてゐる「縁《ことのもと》なり」といふことをよく言つて居ります。例へば日本紀の神代の所に天稚彦のことを書きました所に
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此れ世の人の所謂|反矢《かへしや》畏《い》むべしと云ふ縁《ことのもと》なり
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と書いてあります。それから伊弉諾・伊弉册尊の所でありましたか
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世の人|生《いける》を以て死《まかれるひと》に誤つことを惡む、此れ其の縁《ことのもと》なり
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と書いてあります。さういふことは日本紀に隨分澤山あります。神武天皇紀でも、機密を人に言ひ渡す爲に倒語《さかことば》を使つたといふことがありまして、倒語を用ゐることは始めて茲に起れりといふやうなことを書いてあります。それからこの日本紀の記事の多くは、色々の家柄のことを書きました時に、その家柄の大抵先祖を書くか、或は墓を書くか、それから又古い人のことを書いて、今日の何といふ家はその苗裔だと書くか、何か皆今日現在して居ることから遡つてその因縁を尋ねる話になつて居ります。それが即ち縁起譚でありますが、この縁起譚は支那の古書でも左傳などの中に隨分澤山あります。左傳ばかりでありません、春秋にはその外の公羊傳などにも出て居りますが、それに就て宋の王應麟は困學紀聞に於てその事を注意して居ります。困學紀聞の最終の雜識と申します篇にそのことを澤山擧げて居りまして、これは主に禮記とそれから左傳とに據つて書いたのでありますけれども、左傳に「始」といふ文字を用ゐてあるのは、必ず何か新しき事柄の始まつた時のことを現はしてあるので、この「始」といふことが大切なんで、「始」といふことが皆必ず書いてある。例へば隱公の五年に、祀りをする時の音樂に六※[#「にんべん+(八/月)」、読みは「いつ」、第3水準1−14−20]を用ゐたといふ時に「始用六※[#「にんべん+(八/月)」、読みは「いつ」、第3水準1−14−20]也」と書いてある。かういふ風に始めて何々するといふことは澤山左傳に出て居るが、それは皆「始」といふことが第一大切で、物の變化といふことのこれが證據《しるし》になるから、そこでこの「始」といふ文字を書いてあるのだといふことを困學紀聞の卷の二十に書いて居ります。左傳のみならず、禮記の中にそのことが澤山あることを先づ書いて居りまして、「禮記は禮の變化に於て皆始と曰ふ」といふことを書きまして、さうしてその次にずつとその例を擧げて居ります。主に禮記の檀弓・曾子問・玉藻・雜記・郊特牲、さういふ諸篇の中に、總て禮の變化に就て「何々のことは何々より始まつた」といふ風に皆書いてありますので、それを擧げて居りますが、先づ第一に檀弓に
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孔氏之不喪出母。自子思始也。
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といふことがあるのを擧げ、さういふ例をずつと皆擧げて居ります。これは勿論王應麟が始めて氣が付いたのでなくして、宋の陸佃が氣が付いたのを王應麟がそれを補つたといふことでありますが、ともかく禮の變化といふことに就て「始」といふことを書いてあることが王應麟、その他の人によつて注意されました(5)。王應麟はその外にも困學紀聞の卷の五に「禮記の曾子問篇は變禮に於て講ぜざることなし」といふことを云つて居ります。それから又困學紀聞の卷の六に先程申しましたやはり六※[#「にんべん+(八/月)」、読みは「いつ」、第3水準1−14−20]を用ゐたことでありますけれども、茲は公羊傳を主として書いたやうでありますが、ともかくその六羽を獻ずるといふことと、それから「税[#レ]畝」といふことがありますが、この畝に税するといふこととの起源に皆「初」といふ字を書いてあるといふことを言つて居りまして、それでこの「初」といふことがやはりこの世の中の事柄の變化する大事なことであるといふことに注意しましたのです(6)。其の外にもう一つ王應麟の注意しましたことは――前のは「
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