、斷わつてない一種の精神が全體に流れてゐる。之を研究すれば、紀※[#「日+(勹<二)」、第3水準1−85−12]の明言しない目録學が出來る譯である。勿論各部各子目の序論は紀※[#「日+(勹<二)」、第3水準1−85−12]自身の筆で、これがすでに一種の著述といつてもよいものと云はれる。時としては焦※[#「立+(宏−宀)」、第4水準2−83−25]の國史經籍志によつて書いた處もあるが、全體として一貫した意見があつたことは疑ひない。この人は妙な人で、この外には文集以外に何の著述もない。一生の精力をここに注ぎ盡したのである。彼の一種の主義と思はれるのは、經書とか歴史などで昔から知れ渡つてゐることには新たに解題をしないことである。邵晉涵は、史記についてもその由來を書いたが、紀※[#「日+(勹<二)」、第3水準1−85−12]は全然之を採用せず、本文には批評を加へずに、その注に解題を加へた。新らしく解釋するのも一つの方法ではあるが、あまりに知れ渡つてゐるからしなかつた。支那の如く長く學問の相續した國では、かかる方法も必要である。そこは支那の文化の程度を示した一種の目録であると云へる。
ともかく
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