げ、その他では東觀漢記を、一人の手に成らずして多くの人の手で作られた例として擧げ、又歴代春秋、歴代紀として編年史の體を擧げた。更に實録・起居注・時政記・唐暦・會要・玉牒・史典・史表・史略・史鈔・史評・史贊・史草・史例・史目・通史・通鑑(通鑑の下に通鑑參據書を擧ぐ)・覇史・雜史に及んでゐる。この分け方を見ると、大分鄭樵の議論の影響を受けたことが分り、幾分これに據つたであらうが、極めて簡單に、しかも多くは自ら筆を執らず、他人の書を抄録し、それによつて自然に歴史が大體分るやうにしてあるところは、後來の王應麟などの學風をすでに開いてゐるやうである。この他、王應麟と關係のあるやうに思はれるのは、既に絶えた書に注意して「七略中古書」といふ項目を擧げてゐることである。又古書の存亡についての大體の經過をも論じ、劉軻(玄奘三藏の碑文を書いた人か。この人の史論はこの史略に見ゆるのみ。)が司馬遷以來の歴史を書いた人の名を擧げたのを引いてゐる。史論としては劉※[#「協のつくり+思」、第3水準1−14−73]の文心雕龍から歴史に關する議論を引いてゐる。最後には、山海經・世本・三蒼・漢官・水經・竹書等、普通の歴史
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