々目録學に注意した人があつた。就中、高似孫は經略・史略・子略・集略の外、詩略・緯略・騷略を書いたらしいが、今日現存するのは史・子・緯・騷の四略だけである。しかも史略は支那には佚して日本に殘つてゐたものである。史略の序によれば、この人はやはり劉向等の學問を考へてゐたので、かかるものを著はしたのであることが分る。今日殘つてゐるものでは、史略と子略とは體裁が同じでないが、それにしても一家の見識を以て書いたものに違ひない。
史略に於ては、まづ歴代の正史を調べ、正史に關することを色々の項目に分つて記述してゐる。例へば史記に於ては、太史公自序を擧げて作者の用意を示し、次に諸儒史議として諸家の史記に關する評論を掲げ、次に續史記を擧げ、次に史記注を擧げ、その次に先公史記注を擧げてゐるが、これには自分の自序を附し、司馬遷が父の業を繼いだやうに、自分も亦父の遺業を繼いで史學をすることを現はして、甚だ史記を尊んでゐる。次に同じ注ながら史記雜傳を別に擧げ、次に史記考、最後に史記音を擧げた。漢書も大體かかる分け方である。その他後漢書以後の歴史も出來るだけ色々の分類をして擧げてゐる。かくして五代史までの正史を擧
前へ
次へ
全111ページ中81ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
内藤 湖南 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング