も、六國の時に出來たものは、六國の時の作と斷じ、著者の傳が明かでないものは、誰某と時を同じくすると云ひ、大體、時代により思想に精神のあること、家學の繼續により流派の生ずることを、縱横に注意して、目録の下に皆注をしてゐる。その極めて疑はしいものは疑を存しておき、人の名を借りて出した本は依託といふことを明言し、いよいよ作者も時代も分らぬものは、作者を知らず、時代を知らずと書いてある。又目録の書き方として、一人の著者の本が一つに纏まつてゐても、一方は兵書、一方は諸子に入るべきものあるときは兩方に書いた。これによつても六略は單に書籍の簿録でなく、著述の源流を論ずるものであることが分る。かかることは、單に書名を簿録するやうな簡單な意味ではできることではなく、あらゆる本を皆讀み、學問の組織系統の全體を知つた人でなければできないことである。目録學が著述の總論たるはこの點にある。この點は二劉が目録を作るのに極めて進んだ例を示したので、この後、彼等ほどの知識もなく頭もない人が作つても、この手本があるので、比較的によく出來、精神の貫通した目録が出來てゐる。これは二劉の支那の學問上に於ける大なる功績である。
前へ
次へ
全111ページ中34ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
内藤 湖南 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング