てゐる。王應麟がかかるものを作つたのが、目録學を内容から見ることについて役に立つたことを論じてゐる。又鄭樵が、書籍の前になかつたものが後に揃ふことのあるのを論じたのに對しても、これも單に卷數から見て後世の卷數が多いから本が揃つてゐると見ることの非を論じてゐる。
 又、校讐條理といふことを論じ、鄭樵が書籍を搜す官を派遣すること及び書籍を校讐する人が長くその任に居る必要を論じたのは、校讐の要義を得てゐる。しかし書籍の搜し方の善不善を更に考へねばならぬ。それは求書は一時のことであるが、治書は平日から必要のあることである。然るに樵は求書の方法を論じてゐるが、治書の方を論じてゐない。不斷から治書の法を考へて、現在の書籍に如何なる處に缺陷があるかを知つて居れば、求書の時にも適當な求め方が出來る。不斷からある本ない本を皆目録に記しておき、又民間で書籍のことについて必要なことを發明したものは、それを官に申し立てれば、そのことを官の記録に留めて、搜す便宜の備へにする。又かく書籍の内容を調べることになると、世を毒する不都合な本の隱れてゐる餘地をなくすることも出來る。各地方でこの法を行ひ、各地方の本の目録を作つておけば、中央で書籍を搜す時にすぐ出て來るので、ことさらに搜す必要がない。中央の本と地方の本と互に照らし合はすと、次第に本が正確になる。それで藏書を全國的に考へ、全國の行政區劃に從つて、皆各※[#二の字点、1−2−22]相當の役目を持つやうに藏書政策を考へ、これを治書の法と云つた。これはやはり劉向が本を調べる時にもあつたことで、中書があり外書があり、外書にも又色々な役所の本、個人の藏書があり、之を集めて向が校訂したが、今日でもかく各方面に藏書のあることは大切なことであるとしてゐる。
 又治書の法として、索引を作ることを論じてゐる。即ちあらゆる書籍につき、その中から人名・地名・官職・書目、何でも一切名目で調べることの出來るものを擇んで、佩文韻府のやうに韻によつて編し、本韻の下に原書の出處・卷數を書き、一度出てゐることでも二度出てゐることでも數千百囘出てゐることでも皆書いて索引(群書の總類)を作る。これを作ると、書籍を校讐する時に、疑はしいもののある時、韻によつて探す。これによれば博學の人が一生かかることも、中等の能力の人で居ながらに出來る。索引は最良の校讐法であると云つてゐる。
 又
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