爾雅の新研究
内藤湖南
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)成立《ナリタチ》
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(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「形」の「彡」に代えて「おおざと」、第3水準1−92−63]疏に
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)次第/\に
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爾雅の研究に就いては余は嘗て之を二つの方面から考へたことがある。即ち一は新らしい言語學に依つて研究する方法であつて、これは爾雅が如何なる成立《ナリタチ》の書であるとも、又其の中に含んでゐる言語が如何なる時代、若しくは地方のものであるとも、それらのことを必ずしも穿鑿することなしに、單にこれを支那古代の言語を集めた書として、其の傍近の種族が有する國語に比較し、共通した語根を有するや否やを考へ、其の關係を明らかにするので、其の方法は東亞諸國の言語に對する智識を必要とするのであるが、余は嘗て主に東北塞外種族の言語即ち大體ウラルアルタイ語系に屬する言語から考へて、爾雅の中にそれらの言語と一致する言語があるか否かを檢し、其の一端を一度京都大學の言語學會で發表したことがある。當時余は別に稿本をも留めなかつたが、之に就いては他日一の研究論文として學界の批判を請ふべき機會があらうと思ふ。それから今一つの研究方法は爾雅を以て普通に傳へられてゐる如く諸經に對する辭書として、爾雅そのものゝ成立と同時に、諸經の發展をも相關係せしめて考へることであつて、其中の言語が如何なる時代若しくは地方のものであるかと云ふことも或る程度までは考へ得られるので、其の編纂された次序、意義等から推して、某の時代、某の地方の言語を含む經籍が、やはり某の時代、某の地方に於て竄改されたのでないかといふことを斷ずる資料とするのである。此方法に就いては余は久しき以前より興味をもつてゐたが、近頃此の方法に依つて少しく研究を試みた所があるので、猶ほ不完全ではあるが、兎も角其得たる所を發表して吾黨諸君の批判を請ふことにしよう。
爾雅の成立に就いては、舊來の註疏などの説では、皆其の初を周公に歸してゐて、郭璞の序にも爾雅は蓋し中古に興り漢氏に盛なりと言ひ、※[#「形」の「彡」に代えて「おおざと」、第3水準1−92−63]疏に中古とは周公のことであるといつてゐる。又※[#「形」の「彡」に代えて「おおざと」、第3水準1−92−63]疏には解家の説く所として先づ春秋元命包の語を擧げ、爾雅は周公の作であるといひ、更に今俗傳ふる所の三篇の爾雅は或は仲尼の増す所とか、或は子夏の益す所とか、或は叔孫通の補ふ所とか、或は沛郡の梁文の著はす所とかいふ諸説を擧げて、先師の口傳には既に正驗無しと言つてゐる。所が後世の學者は之に就いて多く疑問を抱いてゐて、朱子は其の語類に爾雅は傳注を取つて作れるものなるに、後人は却て爾雅を取つて傳注を證すと言つて居り、四庫全書總目提要にも爾雅の古書としての價値をば頗る疑つてゐる。尤も提要には大戴禮の孔子三朝記に孔子が魯の哀公に爾雅を學ばしめたといふことが見えてゐるので、それを以て爾雅の由來の遠い證據としてゐるが、かやうな考證の方法には余は勿論異議がある。又提要に爾雅の出來たのは詩傳を作つた毛亨以後であるとし、大體小學家が舊文を綴輯し、遞に相増益したもので、周公孔子といふは皆依託の詞であると言つてゐるのは然るべきことであるが、揚雄の法言に爾雅を以て孔子の門徒が六藝を解釋したものとしてゐるのも、王充の論衡に爾雅は五經の訓詁であるといつてゐるのをも排して、爾雅の五經を釋するは十の三四にも及ばず、又專ら五經の爲めに作つたものでもないと言ひ、楚辭、莊子、列子、穆天子傳、管子、呂氏春秋、山海經、尸子、國語等と同じ語のあるのは盡く爾雅がこれらの書から取つたのであると解し、爾雅は本來方言急就の流であるが、説經家が古義を證するに都合がよい所から之を經部に列するに至つたに過ぎないといふやうに批判してゐる。此の批判は頗る極端なもので、提要に爾雅が經書以外の諸書の文を取つたといつてゐる所のものは、實は戰國から漢初の頃までの間に出來た種々の書籍に多く共通して載せられてゐるものであつて、其の何れが前であるとも後であるとも定め難いのであるが、それを偏に諸書が前で爾雅が後であると斷じたのは決して當を得たものと云ふことが出來ない。尤も楚辭の如きは漢初に於て經書と同樣に世に重んぜられたものであらうから、是れは或は經書と同じくそれに對する訓詁とすべき部分を爾雅に含んでゐると見られないこともない。それで平心に考へると勿論從來傳へられてゐる所の爾雅が周公の作で孔子、子夏、叔孫通、梁文の増補を經たといふことは不確實であ
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