す。詩といふものは昔は歌つたものでありますから、之を歌へるやうにする爲に、此處を斯う云ふやうにしては歌へなくなるとか、此處は上げるとか下げるとかしないと、詩は歌へないと云ふ規則があります。其の規則をやかましく言つて、此處で斯う云ふやうにしてはいかぬとか、春雨の替歌なら春雨の替歌で、斯う云ふ調子にしなければならぬと云うて、規則を説いたものがあります。さう云ふ本があるので、それからして採つたと云ふことを茲に御斷りになつて居る。それでは今申しただけかと申しますと、まだ外にもありますけれども、兎に角此の六人の本を大師は參考にせられたと云ふことは明かに分つて居ります。
 所で其の大師が參考せられたと云ふことに就いてどう云ふ價値があるかと云ふことであります。是は面白いことには大師が參考せられた本の多くは、今日傳はつて居りませぬ。大抵は皆絶滅して、無くなつて居る。それで大師が之を參考して文鏡祕府論に採つてあるが爲に、其の人等の本の一部分と云ふものは、幸ひにして傳はることを得て居るのであります。詰り斯う云ふ人等の本、即ち今日無い本を、大師の文鏡祕府論で今日見ることを得ると云ふことになつて居ります。併し
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