だけならば何か話をして、それを筆記さして上げませうと云ふことを約束しました。さうして其の書の事に就いての考を話した速記が『空海』と云ふ本の中に載つて居ります。それは此の眞蹟書訣一卷の研究ばかりではありませぬ。大師の書の事に就いて種々の研究と申しますか、私の考へた所を書いて置きましたので、つまり弘法大師の書の風と云ふものは、どう云ふ所から出て來たかと云ふことを申して居ります。大體に於て私は其の書風などのことに就いては、大した誤りはないと信じて居ります。弘法大師の書の風と云ふものは、日本に於て是は書風の革新時代に當つて居つて、其の當時日本で六朝、唐初あたりから傳はつて來て居つた書風とは、餘程一種異つた書風を書き出されたものであると云ふことを言つたのであります。日本へ支那から文字が傳はつて以來、隨分當時の名人には、支那人に比較して餘り劣らない名人がありました。古寫經などにもさう云ふ筆蹟があります、段々さう云ふものに就いて考へて見ると、六朝から唐の初めまでの書風と云ふものは、弘法大師以前には日本には隨分澤山入つて居る。六朝人の書風の入つたと云ふことは、格別怪しむに足らぬ譯でありますが、唐の初め
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