れて居るものも矢張り參考の爲め出版されて居ります。世の中で僞作と疑ひのある本までも出版される用意があるならば、僞作でない確かな本は、猶更出版して貰ひたいと思ひます。先づ篆隸萬象名義に關してはそれだけであります。
 文學の事に關してはそんなものでありますが、もう一つは弘法大師の書のことを申上げたいと思ひます。弘法大師は能書の御方であつたと云ふことは、是は誰も知つて居ることでありますが、是は從來の私の研究の間違つて居つたことを御詫かた/″\申上げたいと思ふのであります。弘法大師は畫も描かれたり、又彫刻もされたと云ふことがありますが、近來では彫刻は嘘であると云ふ説もあり、或は是非弘法大師は彫刻をしなければならぬ筈である。眞言宗の規則の上にさう云ふ事があるから、必ずせられたと云ふ議論があるさうです。私は迚も其處までは研究が屆いては居りませぬ。さう云ふ議論の仲間入りをして、本當だとか嘘だとか云ふことを申上げる資格はありませぬから、それは御免を蒙つて、今日は弘法大師の書の事だけに就いて申上げたいと思ふのであります。
 それはどう云ふ事かと申しますと、弘法大師の著述として傳はつて居る所の、是は全集の
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