又全體の財産の自由をも認めて居る。それは王安石の後に行はれたのでありまして、これも後に弊政だといふことになりましたけれども、手實法といふものを實行しました。それは人民に自分の財産はどれだけの値段がありますといふことを自分で申立てさせる、丁度所得税を取るときにその所得額を申立てるやうであります。さうしてそれに對して二割といふ税を課することにした。これは實際は官吏が横暴で、今日の營業税などの如く、官吏が横暴に額をきめる弊がありまして、官吏が勝手に額を決めて重税を課しましたけれども、制度の精神としてはさうでないので、人民が自分で私の財産は何千圓なら何千圓の値打がありますといふと、その内二割を税に取る。それは一方から考へますと財産といふものゝ自由を認めて、さうしてそれに對する税を課するといふ意味になります。
斯ういふことで人民の所有權を認めて居ります。その前は謂はゞ人民の財産といふものは國家が自由にすることの出來るものだといふことでありまして、人民に本當の所有權が有つたか無かつたかといふことが問題であります。尤も歴史的に言へば、この新制度も王安石の時に一遍に生じたのでなくて、だん/\さうなつ
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