剋上であるから、それは單に足利の下に細川、細川の下に三好といふ風に順々に下の者が跋扈して行くといふやうな、そんな生温いことを考へて居つたのではありませぬ。最下級の者があらゆる古來の秩序を破壞する、もつと烈しい現象を、もつと/\深刻に考へて下剋上と言つたのであるが、此の事に限らず、日本の歴史家は深刻な事を平凡に解釋することが歴史家の職務であるやうに考へてゐるやうです(笑聲起る)。これらが他流試合で、又惡口を言ふと反動が怖しいからやめます(笑聲起る)。
所が一方には又下剋上――下の階級の方から此時代に對して考へる其感想を現はしたものがあるのであります。其事の載つて居る本は同じ時代の著述ではなく、もう少し後の時代のものでありませう、しかし其中に書いてあることは、同じ應仁頃の事として書いてあります。天文、永禄頃の本とかいふのに「塵塚《チリヅカ》物語」といふ本があります。其終りの處に山名宗全が或る大臣と面談したといふことが書いてありますが、是は大變面白いのです。山名宗全が應仁の亂の頃或る大臣家に參つてさうして亂世のため諸人が苦しむさまなど樣々物語りした其時に其大臣がいろ/\古い例を引出した。是はてうど一條禪閤兼良のやうな人でありませう。『さま/″\賢く申されけるに宗全は臆したる色もなく』あなたの言ふのは一應尤もであるが例を引かれるのはいけない、『例といふ文字をば向後時といふ文字にかへて御心得あるべし』といふ意味の事を言つて居ります。昔の事を例に言つてゐるが、例といふものは實際變つてゐるものである、例へば即位式は大極殿で執り行ふといふのが例だといふ事になつて居るが、大極殿がなくなると仕方なしに別殿で行ふ、別殿もなくなると又何か其時々に相應した處で行はなければならぬ。それで大法不易の政道は例を引いてもいゝが、時々に變り、時に應じてやるべきものは例にしてはいけない、時を知らないからいけないといふことを書いてあります。
是は事實あつたことかどうか分りませぬで……或は嘘の話かも知れませぬ、假令嘘でも構ひませぬ、當時の人にさういふ考があつたといふことは是で分ります。即ち從來の嚴重なる階級制度に對し、制度といふものは時勢に連れて變化すべきものだといふ考のあつた事が分るのであります。唯山名宗全に言はしたのがよほど面白いのであつて、宗全が更に言ふことに、自分如き匹夫があなたの所へ來て斯うして話しするといふ事も例のないことだが、今日はそれが出來るではないか、それが時なるべしと言つてゐるのでありまして、そこらが餘程皮肉に出來て居つて、當時の状態をよく現はして居ります。是は樵談治要と共に當時の状態相應の政治に對する意見であつて、さういふ意見が當時の人にあつた事が分るのであります。
それで此の塵塚物語といふ本にかいてある事は本當か嘘か分らないですが、餘程面白い事の澤山ある本でありまして、足利時代殊に應仁前後に非常に博奕が流行つたといふ事を書いてある所など餘程面白く、近頃の支那を其儘見るやうであります。今でこそ日本は支那などに對して非常に秩序の立つた偉い立派な國のやうに言つて居りますが、矢張り時に依ては支那同樣の事が隨分あつたのであります。此の文中、博奕の事の中にも、當時足利時代に有名な徳政――即ち何年間に一遍凡ての貸借を帳消にしてしまふといふ政治の行はれた事なども書いてありますが、兎に角非常に博奕が盛んでありました。始めの間は武士《サムラヒ》など自分の甲冑を質に置いてやつたものです、それでどうかすると甲だけを持つて冑を持たないといふやうな武士もあつて、隨分見つともない話であつたが、戰爭で高名をする者は却てそのやうな者に多かつたといつてある。それが後に應仁の亂の時分になると、自分のものを質において博奕をやるのでは詰らないといふので、他《ヒト》の財産を賭けて博奕をやるやうになりました。どこそこの寺には大變寶物があるらしいからそれを賭けてやるといふのでありまして、是はよほど進歩した博奕のやり方であります(笑聲起る)。この位共産主義のいゝ例はないと思ひます。共産主義もこゝまで徹底しなければ駄目です(笑聲起る)。斯ういふ時代といふものは、全く下剋上と同時に他《ヒト》のもの自分のものゝ見境がつかないといふ面白い現象が起つて居るといふことが分るのであります。
詰らない事を言つて居ると話が長くなりますが、そんな事が當時の状態であつたのでありまして、是が當時の文化にどういふ關係があつたかと言ひまするに、一條禪閤兼良といふ人は殊に舊い文化の滅亡に就て非常に慨嘆した人であります。それは一條家には非常に澤山の書籍記録などがありましたが、應仁の亂の時に、自分の家などは勿論燒かれるといふことを前から覺悟して居りましたから、自分が京都を立退いて暫く隱れる時に、それは覺悟の前で立退き、
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