應仁の亂に就て
内藤湖南
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)武士《サムラヒ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)それが所謂|具注《グチユウ》暦であります。
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)屡※[#二の字点、1−2−22]斯ういふ
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)だん/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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私は應仁の亂に就て申上げることになつて居りますが、私がこんな事をお話するのは一體他流試合と申すもので、一寸も私の專門に關係のないことであります、が大分若い時に本を何といふことなしに無暗に讀んだ時分に、いろいろ此時代のものを讀んだ事がありますので、それを思ひ出して少しばかり申上げることに致しました。それももう少し調べてお話するといゝのですが、一寸も調べる時間がないので、頼りない記憶で申上げるんですから、間違があるかも知れませぬが、それは他流試合だけに御勘辨を願ひます。
兎に角應仁の亂といふものは、日本の歴史に取つてよほど大切な時代であるといふことだけは間違のない事であります。而もそれは單に京都に居る人が最も關係があるといふだけでなく、即ち京都の町を燒かれ、寺々神社を燒かれたといふばかりではありませぬ。それらは寧ろ應仁の亂の關係としては極めて小さな事であります、應仁の亂の日本の歴史に最も大きな關係のあることはもつと外にあるのであります。
大體歴史といふものは、或る一面から申しますると、いつでも下級人民がだん/″\向上發展して行く記録であると言つていゝのでありまして、日本の歴史も大部分此の下級人民がだん/\向上發展して行つた記録であります。其中で應仁の亂といふものは、今申しました意味において最も大きな記録であると言つてよからうと思ひます。一言にして蔽へば、應仁の亂といふものゝ日本歴史における最も大事な關係といふものはそこにあるのであります。
それは單に一通り現はれた所から申しましてもすぐ分ることでありますが、元來日本の社會は、つい近頃まで、地方に多數の貴族、即ち大名があつて、其の各々を中心として作られた集團から成立つて居たのであります。そこで今日多數の華族の中、堂上華族即ち公卿華族を除いた外の大名華族の家といふものは、大部分此の應仁の亂以後に出て來たものであります。今日大名華族の内で、應仁の亂以前から存在した家といふものは至つて少く、割に邊鄙な所に少しばかりあります、例へば九州では島津家だとか、極く小つぽけな伊東家などいふのがそれであります。勿論肥後の細川は前からあつたのでありますが、あの土地に前から居つたのではない、其他秋月鍋島など少しばかり九州土着の大名がありますけれども、其土着の大名にしても、多くは應仁の亂以後に出たのであります。四國中國などは殆ど應仁の亂以前の大名はないと言つていゝ位です。それから東の方では、半分神主で半分大名といふのに信州の諏訪家といふのがずつと前からありましたが、關東ではまづないと言つていゝ位であります。東北に參りますると少しあります、伊達とか南部とか、上杉佐竹とかいふ樣な家は應仁の亂以前からあつた家でありますが、それでさへも應仁の亂以前から其土地に土着して居つたといふのは極く僅かであります。二百六十藩もあつた多數の大名の内でそれ位しか數へられませぬ。
それと同時に、應仁の亂以前にありました家の多數は、皆應仁以後元龜天正の間の爭亂のため悉く滅亡して居ると言つてもいゝのです。昔、極く古くは氏族制度でありましたが、其時分には地方に神主のやうなものが多數ありまして、それらが土地人民を持つて居たのであります。それで今神主として殘つて居りますものに、出雲の千家、肥後の阿蘇、住吉の津守といふやうなのがありますが、皆小さなものになつて大名といふ程の力もなく、昔の面影はありませぬ。
それから源平以後、守護地頭などになりました多くの家も、大抵は皆應仁の亂以後の長い間の爭亂のために潰れてしまひました。それで應仁の亂以後百年ばかりの間といふものは、日本全體の身代の入れ替りであります。其以前にあつた多數の家は殆ど悉く潰れて、それから以後今日迄繼續してゐる家は悉く新しく起つた家であります。斯ういふことから考へると、應仁の亂といふものは全く日本を新しくしてしまつたのであります。近頃改造といふ言葉が流行りますが、應仁の亂ほど大きな改造はありませぬ。この節の勞働爭議などは、あれが改造の緒論のやうに言つて居りますが、あんな事では到底駄目です、改造といふからには應仁の亂のやうに徹底した騷動がなければ問題になりませぬ。それで
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