てゐないで、皆之卦を以て占ふことになつてゐる。尤も左傳には一ヶ處艮之八といふのがあり、國語には一ヶ處泰之八があり、得貞屯悔豫皆八也、といふこともあるが、これは九六の變ずる爻を以て占ふ者とは異つた法だといはれて、古來その解釋が徹底しない。要するにこれによつて左傳や國語に載せられてゐる卜筮法の傳來には未だ數に關する考が著るしく表はれてゐないことが分る。惠棟の易例にも古文の易の上下には本と初九初六及び用九用六の文なし、説者は初九初六皆漢人の加ふる所といへども、孔子の十翼には、坤の六二の象傳、大有の初九の象傳、文言の乾元用九、坤の用六の象傳等に九六の字があるから、孔子の時から有るといつて居るが、これは易の數に關する考は十翼の作られた頃に起つたものといふことを明らかにするのみで、それ以前には存在せなかつた證據ともすることが出來る。
 それから又繋辭の中に君子所居而安者易之序也、所樂而玩者爻之辭也、とあつて、此の序といふのは恐らく序卦の意味をもつものと思はれるから、序卦と繋辭との間には何等かの關係があつて作られたものではなからうかと考へられる。而して序卦の思想は各々の卦の意義を説くに就いて説卦や雜
前へ 次へ
全20ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
内藤 湖南 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング