掌したそうである。法然はやがて帰ってしまったが、その翌日宮は御往生がある。最期《さいご》の時に念仏一万五千を申されて、念仏と共に御息が止まったということで、なみいるおつきの人々皆感動し、実昌律師は後にこの御往生の趣きを法然に話したら、法然も喜んだということである。
 延暦寺東塔の竹林房|静厳法印《じょうごんほういん》という者が、吉水の庵《いおり》に来て、
「如何にいたしたらこの度生死を離れることが出来ましょうや」
 と尋ねると、法然は、
「それは源空こそお尋ね申したいところでございます」
 と答えた。竹林房が押し返して尋ねるので法然が、
「源空は弥陀の本願に乗じて極楽の往生を期する外は全く知ることがありません」
 法印が申さるるには、
「私の所存もまたその通りでございますが、よきお言葉を承ってその考えを堅くしようが為にお尋ね申すのでございます。それはそうでありましても、口に念仏を称《とな》えましても妄念がむやみに起って来て心が乱れるのをどうしたらよろしゅうございましょう」
 法然が答えて、
「これは煩悩のなすところであるから、凡夫の力では何ともいたし方がありません。矢張りそれはそのまま
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