とに極重悪人《ごくじゅうあくにん》、無他方便《むたほうべん》の凡夫《ぼんぷ》はどうして報身報土の極楽世界などへまいるべき器ではないが、阿弥陀仏の御力なればこそ、称名の本願に答えて来迎にあずかることに不審は無い筈ではないか」
又問うて曰《いわ》く、「持戒の者の念仏の数遍少いのと、破戒の者の念仏の数遍多いのと、往生してからその位に深い浅いがございますか」
法然坐っていた畳を指してこれに答えて曰く、
「畳があればこそ破れたとか、破れないとかいう論があるが、畳がなければ、破れたの破れないのと云うがものは無いではないか。そのように末法の中には持戒もなく、破戒もない。凡夫の為に起された本願であるから、ただいそぎても、いそぎても、名号を称《とな》えるがよい」
この僧が法然の膝下を辞して国へ下ろうとして暇乞いの時、法然は京みやげをあげようといって、
「聖道門の修行は、智恵をきわめて生死を離れ、浄土門の修行は愚癡《ぐち》にかえりて極楽に生ると心得らるるがよし」
といわれた。
それから本国に帰って深くその徳を隠し大工を職として家計を立てていたが、隆寛律師が配所へ下らるる時、この国|見附《みつけ》
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